恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第二話
……翌日の、昼休み。
「ねぇ、海原君!」
放送室から、教室に戻る途中の中央廊下で。
新聞部の新部長が、遠くから僕の名前を呼んでいる。
「……先にいくわよ」
「えっ? またですか?」
いつものペースで隣を歩いていたはずの、三藤先輩が。
僕を置き去りにして早足になると、距離をどんどん広げていく。
「もう月子ったら。逃げても無駄なのにねぇ〜」
前部長の頃から顔馴染みの、先輩と同じクラスのその人は。
「放課後一番で、よろしくね!」
取材という名の尋問の予約を、きょうも勝手に決めてくる。
「あの……次は、来年じゃなかったですか?」
「予定が変わったから、お願いね!」
前の部長の代から、我が放送部はなんだかネタの宝庫らしく。
加えて、少々強引に予定を入れても気にならない存在らしい。
「じゃ、逃亡禁止だよ〜!」
僕に選択権がないのは、いつものことで。
「了解です。お疲れさまです!」
いつも高嶺が僕に代わって返事をしているのもまた、いつものことなのだ。
放課後、不機嫌な顔の三藤先輩が。
先輩と『同じクラス』の部長に捕まって、中央廊下ですでに僕を待っている。
「じゃ、由衣ちゃんよろしく!」
「はい! ほら、ふたりのカバン。わたしが運んどくからいっていって!」
僕と同じく一年一組からやってきた高嶺は、機嫌がよくて。
「ちゃんと取材、答えなよ!」
やけに愛想よく、僕たちを見送っている。
「では、移動しまーす」
新聞部長のうしろを歩きながら、三藤先輩が不思議そうな顔を僕に向けてくる。
えっと、あの高嶺が素直に従う理由はですね……。
「部費で買ってるファッション雑誌、最初に読ませてもらえるらしいです」
「えっ、それだけなの?」
アイツがそれだけで動くと思わない先輩は、さすがだ。
だから続けて僕は。
「雑誌本体だけでなくて。毎号ついているオマケをもらっているらしいです」
アイツが無駄に自慢してきた情報を共有する。
「ほんと、現金な子よね……」
先輩はそういって小さくため息をつくと。
「いつもどおりにしか、しないわよ」
毎度のように、僕に念押しする。
先輩のいう、『いつもどおり』とは。
要するに、基本的に放送部員以外とは誰とも話さないことを指している。
もっとも、近頃は同じクラスの女子とは少し会話をするのだけれど。
対新聞部としては一切話さないし、撮影も不可だと。
とても取材対象とはいえないポリシーを貫いていて。
ただ副部長として、同行はしてくれる。
クリスマスツリーの前での撮影が終わると。
微妙な表情でツリーの隣にひとり立つ、僕の写真を確認した新聞部長が。
「う〜ん、これはイケてない」
被写体の心情に、一切遠慮することなくブツブツいっている。
「ねぇ、月子も撮っちゃダメ?」
「ダメよ」
「美人なんだし、きれいに撮るからさー」
「不要です」
「あ〜ぁ。やっぱ由衣ちゃんとか、連れてきたらよかったな〜」
「海原くんと撮るつもりなの? それもダメよ」
僕にはよくわからないのだけれど。
先代の部長から続く、同じやりとりが。
きょうもしばらく続いている。
どうやら撮影には、三藤先輩なりのこだわりがあるらしく。
自分が写るのはもちろんダメだけれど。
誰かと僕の写真も、先輩は絶対に許可を出しはしない。
「……海原君って、本当に鈍いよね〜」
新聞部長の遠慮のなさが、会うたびに増している気がするけれど。
まぁ、すでにそれも……慣れてきたといえなくもない。
「まぁきょうは、その辺も深掘りするんでよろしくね!」
いま一瞬、部長の目がキラリと光った気がするけれど。
ツリーの短冊の話しでも、聞かれるのだろうか?
よくわからないままに、三人で新聞部の部室に移動したものの。
あれ?
きょうはほかのメンバー、いないんですか?
「デリケートな話題なので、人払いしたの!」
「へっ?」
「じゃ、はじめます!」
そういって早速、部長が机にレコーダーを置くと。
即座に三藤先輩が、機械を奪う。
「ちょっと、それウチの備品なんだけど〜」
「終わるまでは、わたしが専有するわ」
三藤先輩が、毎度のごとく宣言するけれど。
きょうはなぜだか、わざわざ電池まで抜いている。
「月子って用心深いよね〜、スパイ映画の見過ぎじゃない?」
「読書派よ、わたし」
「じゃぁスパイ小説とか?」
「昔のスパイは、デジタルレコーダーなんて持っていないわよ」
「そうなの?」
「当たり前よ。ただ最近の作品には確かに……」
僕はいつも、思うのだけれど。
こういう会話なら、成り立つふたりなのに。
「……それでは、お願いします」
いざ、インタビューがはじまると。
きょうも先輩は口を閉ざすと。
対面に座る部長とは全然違う方角に、顔を向けてしまった……。
……なんだかわたしは、嫌な予感がしていたのだけれど。
「ちゃんと月子も聞いてよねー」
きょうの尋問は、予想以上に強烈で。
「じゃぁひとつ目。おふたりはこのあいだ、手をつないでましたよね?」
「はいっ?」
「なんですって!」
いきなり、爆弾が投げつけられた。
「ほら、先月の生徒会設立の会議で。最後海原君がさぁ〜」
この子がいっているのは……。
わたしたちの高校で、生徒会立ち上げの機運が盛り上がったのに。
旗振り役だった先輩たちが、放課後に他校生との問題に巻き込まれ。
そこから色々と派生して、今回は準備委員会設立を断念する。
海原くんがそう決断した、あのときのことよね……?
「あ、明らかに。き、気のせいじゃないかしら?」
「でも月子。長机の下で、隣同士のふたりがこうさぁ〜」
その子が、わざわざ。
実演するかのように、左の小指を右手の三本で包んで見せてくる。
「……ありえないわ」
わたしは、そういいきると。
「海原くん、帰りましょう」
そういって、部室のソファーから立ち上がる。
「……だそうですけれど、海原君はどう?」
「えっ?」
「わたし、君は嘘をつかない人だって信じてるんだけど?」
「え、ええっ……」
「ちょ、ちょっと!」
「なに、月子? あなたが帰っても、海原君には残ってもらいますけれど?」
……ど、どうして。きょうに限ってこの子は、なぜこんなにしつこいの?
……立ち上がっていたはずの三藤先輩が。僕の隣に、もう一度座り直す。
ただ心なしか、先ほどより距離が近くなっていて。
「ほらっ! この距離感が怪しいよねぇ〜」
うわっ……早速鋭い追求がやってきた……。
「わたし、見ちゃったんだよねぇ〜」
な、なにこの怖い展開?
もしかして金品とか、要求されるんですかっ?
「……なにが、狙いなの?」
先輩も同じことを、考えたのだろうか。
「うーん、真実かな?」
「本当のことを、いいなさい!」
「月子、それってわたしのセリフだよー」
新聞部との友好関係も、これまでか……。
いや、そのレベルじゃなくて。
僕の命がどっちにどう転んでも、まずい状況になりそうなこの状況から。
どうにかして助かる方法がないものかと。
必死に頭を回らせていた、そのとき。
「よ、よかった海原君!」
「えっ?」
「ちょっと! どうしても確認しないと!」
引退した新聞部の前部長が、いきなり部室に飛び込んできて。
「悪いけど、急ぐから。ごめん!」
それだけいって、僕を強奪する。
「うげっ!」
半分閉じかけた扉に、肩がぶつかっても。
「いいから、一緒にきてっ!」
前部長は容赦なくて。
「走るよっ!」
僕は三藤先輩をひとり残したまま……。
その部屋から、引きずり出されてしまった。