恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた

第三話


 ……海原(うなはら)くんが、目の前で拉致された。


 その結果、いまわたしはたったひとりで。


 ……『海原くんについてのこと』を、聞かれている。


「なんか、先輩に連れていかれちゃったねー」
 同じクラスの女の子はそういってから、しばらく沈黙すると。
 一度小さく、ため息をついてから。
「やっぱわたし、こういう企画は苦手だな……」
 いままでとは違う、寂しそうな口調でつぶやいた。

「ねぇ、いったいどういうことなの?」
 新聞部の、新部長が。
月子(つきこ)、ごめんね……」
 わたしにそう断ってから、語りだす。


 これまでの新聞部のテイストは、どちらかといえば硬派だった。
 発行回数自体は多くはないし、時期もまちまちではあるけれど。
 それでも紙面の中身については。
 運動部の試合に同行して、観戦記を掲載したり。
 部長会の内容なども、参加しない生徒に知ってもらおうと。
 問題提起も厭わず、それでいて独善的にならずに。
 毎号ていねいに伝えていた。

 ところが、代替わりした現在。
 部長以外は男子ばかりで。
 彼らはいわばゴシップ、わたしにいわせれば低俗とでも。
 とにかく軽いノリの紙面を、思いついたときに出せばよいと。
 その方向性で、話しが進んでしまっているそうだ。

「それでね、いきなりクリスマス恋愛特集をするとかいい出してね……」
 校内のカップル紹介とか、恋人募集中の生徒の写真企画などが進行中だと。
 彼女は少し苦々しげな表情で、わたしに教えてくれた。


「……だったら海原くんとは、無縁の世界じゃないかしら?」
「まぁ『募集する必要』は、ないかもねぇ……」
 彼女は、わたしにはよくわかならいことをつぶやいてから。
「男子たちが、悪ノリで紙面を全部埋めるよりはね……」
 せめて自分だけは、きちんと取材をしようと考えたのだといった。

「取材記事を読んでもらって、少しでも改心してくれないかなって……」
 以前のわたしならきっと。
 そんな理由で、わたしたちを巻き込むのはダメだと。
 一方的に拒否するだけで終わったと思うけれど。


 なぜかこのときわたしは。
 海原くんなら、この子を責めない。

 ……そう思って、踏みとどまった。





 ……三年生の元・新聞部長は僕に。

 ひと気のない渡り廊下で。
 きっと三藤(みふじ)先輩がいま、まさに聞いているであろう内容を教えてくれている。

「あの子に悪気はないんだ、だからゴメンね」
「あぁ、別にいいんです……それにしても……」

 どこの部活も、ものは違えど悩みがあるのだと。
 そんな当たり前のことを、知った気がした。


「ところで。その割に、なんだか慌てていませんでしたか?」
「え、えぇっと、それはね……」

「『女同士』って、色々あってねぇ〜」
 残念ながら僕には。
 わけがまったく、わからなさそうなことなので。

 ……それ以上の深追いは、遠慮しようと思った。





 ……海原君って賢いというべきか、やっぱり鈍いというべきか。

 ただ、都木(とき)美也(みや)
 あの子が好きになるだけのことはあると。
 わたしは改めて、実感した。

 高三の放送部員は、美也しかいないから。
 わたしたちが意外に仲良しなのは。
 きっと誰も、知らないのだろう。


「……えっ?」
「なんかわたしの後任の部長が、悩んでてね……」
 新聞部で、妙な恋愛企画が進行中で。
 ひょっとしたら、海原君が取材されるかもしれないと。
 そんなことを美也に話したとき。

「あの子がね、なんとなくそう見えた気がしたから聞くだけだって」
 百人以上が集まる教室の、最前列で。
 大胆にも手をつなぐなんて……あるわけがない。

 わたしとしては、あの彼。
 いやむしろ、美しいのにとんでもなく無愛想な副部長が。
 瞬殺で否定して、それで終わり。
 小ネタにさえならない。

 ……それで終わりだと、思っていた。


「……いますぐ、とめてきて」
「えっ? どうしたの、美也?」
「月子に……『気づかれたら』、ダメなの」

 美也が、本気でなにかを心配している。
 それがわかったからわたしは。
 慌てて、とめに走ったの。

 最初は正直、いまいちわからなかったけれど。
 新聞部の部室にいって、彼の隣に座る彼女を見て。
 わたしは、美也がなぜ焦ったのか理解した。

 美也が海原君を、真剣に好きなのは知っている。
 だけど三藤さんはなぜだか。

 ……自分の気持ちの『核心』に、まだ『気づいて』いないのだ。


 たとえゴシップネタだとしても。
 わたしたちは、新聞部だ。

 ということは、取材対象へ質問するとしたらもちろん。


「海原君のことを、どう思っていますか?」


 ……必ずそう聞いてしまうだろう。



 女同士は、色々ある。

 わたしはあくまで、『美也の味方』だけれど。
 わたしの後輩が、『誰の味方』なのかはわからない。

 いや、結果的に。
 意図しない『誰かの味方』になるかもしれないけれど。
 それは間違いなく、取材中にあってはいけない。


 ……海原君を、美也以外には渡せない。


 そう思ったから、さっきは焦っていたなんて。
 海原君さぁ……。
 わたしから、君に説明するわけにはいかないよ!





 ……海原くんが、部室に戻ってくると。

「安心して月子。さっきの『ネタ』は、封印するね」
 新聞部の『友人』はわたしに、そう耳打ちした。

「ふたりとも、きょうはありがと〜!」
 部屋を出る際に、その子がご機嫌に手を振ってくる。

 仲良さそうな顔では、まだ返事はできない。
 わたしは、代わりにわずかに会釈をして退出すると。
 部室の並ぶ廊下に置かれた、小さなクリスマスツリーをチラリと見る。


 ……放送部のみんなとは、話さないことを口にした。

 正直知らない人と話すのは、いまだって苦手だけれど。
 口の固い友人というものは。

 ……違う部活にも、いてもいい存在なのかもしれない。


「三藤先輩。なんだか、楽しそうですね」
「そうかしら? 取材から解放されたから、そう見えるだけじゃないの?」

 放送室で、みんなといるのは嫌ではない。
 だが、こういうときにふと思い出す。
 わたしたちが『ふたりだけ』で話せる機会は。
 意外なほど、少なくて。

 それが、もしかしたらわたしには……。

「……あの、海原くん?」
 部室に戻る前に、玄関ホールのクリスマスツリーのようすでも確かめないかと。
 わたしが、聞きかけたところで。

 ……聞き覚えのある、足音がした。


「あ……」
 海原くん、わざわざ続きを口にしなくていいわよ。

 わたしたちの視線の先にある、その人は。
 戸惑いながらも、わたしたち。
 いや、海原くんをしばらく見てから。
 やっとわたしを見て、遠慮がちに手を振った。



「……先に、戻らせてもらうわね」
 わたしは、海原くんにそれだけ告げると。
 そのまままっすぐ、ひとりで歩きだす。

 その人と、すれ違う瞬間には。
「……月子、ありがとう」
 飾らない感謝の言葉を、口にされたのに。
「いえ……」
 わたしは、無愛想なことしか返せない。


 いままでなら、なにごともなく。
 三人で並んで、歩けていたはずなのに。
 きょうはなぜだか。
 その人も、わたしも。

 ……海原くんの隣を、同時に歩くことはしなかった。


 もしかしたらその人と、わたしは。
 この先、互いに逆方向にしか進めなくなるのだろうか?

 そう考えると、怖くなったわたしは。

 長い廊下を、ひとりきりで。


 ……うつむきながら早足で、進むことしかできなかった。




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