恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第八話
……三人の姿を、僕はしっかりとこの目に焼き付けた。
僕の先を、常に歩いてくれていた三人が。
この機器室でそろうことは、この先ない。
大袈裟だと笑う人はいるだろうが……それは事実だ。
同時に、こちらに向かってきているあとの四人がそろうこともない。
当たり前なのだけれど、本当に。
誰かが『いなくなる』のは僕にとって。
いや、放送部にとって初めての経験で。
……自分が思う以上に、心にぽっかりと穴があいていたことを理解した。
このときの僕は、異常なほど感覚が研ぎ澄まされていて。
四人がこちらにやってくる。
その静かな足音さえも……完璧に把握できていた。
……海原君が、扉を開けてくれたあと。真っ先に返事したのはこのわ・た・し。
「お帰りなさい」
そのひとことを聞いて、わたしたち四人だけじゃなくて。
中にいた三人も、一瞬固まった。
だって、海原君がね……。
少し泣いていた気が、したもんね。
「うん! た・だ・い・ま!」
わたしは、女優だ。
波野姫妃という女優はね、これまでたくさん。
泣いたり笑ったりする練習をしてきたから。
……海原君の気持ちが、よくわかるんだ。
「ほ・ら、海原君!」
「えっ?」
「いいから早く、重た・い・の!」
わたしはそういって。
海原君に、一気にすべてのマイクやヘッドセットを渡していく。
だって……そうでもして彼の両手をふさがないと。
いまなら本気で。
誰かが海原君を、抱きしめにいってしまいそうだったから。
……海原昴は、譲らない。
たとえ強力なライバルがいるとしても、わたしは負けない。
だからいまのわたしは、結構ご機嫌だ。
だって、わたし。
さっき真っ先に、誰より一番に……。
海原君に、お返事したから・ね・っ!
……陽子と夏緑は、バレー部に無事『返品』した。
「練習したいんでしょ、練習?」
姫妃が、目をキラキラさせながら。
「い・い・よ・ね、海原君?」
昴君に前に進めと……仕切っていて。
……悔しいけれど、わたしもみんなも。あの強引さに、救われた。
「な・に? 玲香?」
「ううん。姫妃って計算高いなぁって思っただけ」
「なんかそれ、結構失礼じゃない?」
そういいながら、笑顔でわたしを見られるあなたは。
やっぱり色々、強いよね。
「いいから玲香。一緒にスイッチ拭かない?」
美也ちゃんは、こういうときにやっぱりおとなで。
いつも以上に、ていねいに掃除をしながら。
自分の心を落ち着かせているのだろう。
逆に由衣は先程から、ムキになって窓を磨いている。
「だって、ジャムついてたんですよジャム!」
「そこにあなたが頭をぶつけたから、皮脂汚れも増えたわよ……」
「月子ちゃん! そのいいかた失礼じゃないですか?」
「事実でしょ。ほら、ここと、その上と……あら、随分と多いわね……」
「うわっ。感じ悪っ!」
この空間は、ある意味で『穏やか』で。
確かに寂しくなったけれど、それでもまだなお。
……あたたかくて、心地よい。
ふと、昴君と目が合った。
「……玲香ちゃん、なんだか楽しそうだね?」
「そう?」
「えっ、違った?」
「う〜ん、えっとねぇ……」
楽しいは、ちょっと違うかもしれないけれど。
ただわたしは、昴君が前を向いて進んでくれるのなら。
……ただそれだけで、満足なのかもしれない。
「あのね、わたし……」
ひとしきり片付けが終わり、落ち着いたあと。
美也ちゃんが、みんなに向かってなにか聞きたげで。
モジモジしているのが、とってもかわいい。
「……受験は受験ですよ」
こういうときにすぐ反応できるのは、やっぱり月子だ。
「えっ、じゃぁ?」
「別に、部長はいつまでもいて欲しそうですし。ご自由にどうぞ」
ちょっと皮肉というか……。
もしかして、いまのって嫌味なのかな?
月子が、美也ちゃんに。
別に無理に、引退したと考えなくてもよいと伝えると。
なぜか美也ちゃんが。
「玲香、迷惑かな?」
わたしに聞いてきたけれど……それってどういう意味ですか?
「……それも、月子に答えさせません?」
その答えは、『なにに対して』が難しいから。
わたしは答えることを、避けることにした。
わたしたちの恋は、半分『保留』みたいな状況だと。
そう思いたいわたしは。
どうかこのままクリスマスが、無事に過ぎて。
そのまま穏やかな新年へと向かいますようにと。
そんなことを考えていたのだけれど……。
「そういえば! あの……『クリスマス』ですけれど……」
……まさかの、昴君が……いいだした。
「え・っ?」
「アンタ、なんのこと?」
「どうしたの、海原君?」
隣で無言の月子以外は、驚いて。
「……どうかしたの、玲香?」
ようやく月子が、さも当然かのような顔でわたしを見る。
ま、まさか……。
まさか『月子と』、予定でもあるの?
「……たくさん『予定』はあるわよ。手分けしながら準備が必要ね」
「えっ?」
「ただ美也ちゃんは受験生ですので、勉強してください」
「あ、そっちかぁ〜」
放送部の仕事ではないのに、なぜか学校に用事ばかりあると。
月子が口頭で、校長からの頼みごとをスラスラと伝えてきて。
ただ、おかげで。
幸か不幸かクリスマスイブも当日も。
みんなで取り組む予定があると、改めてわかってよかった。
だからわたしは、ある意味『余裕』のある心で。
「じゃぁみんな、しっかりやろうね!」
そんなふうに、声をかけたのだけれど……。
「あの、すいません。『予定』はそれでいいんですけど。『個人的なこと』が……」
昴君が再度、クリスマスについて蒸し返してきて。
おまけに、『個人的なこと』って……なにそれ?
さすがの姫妃も、顔が少しひきつっていて。
わたしと目が合うと、『なにかあるの?』と聞いている。
わかったようなわかっていないような、月子。
とってもわかりやすくあわてている、美也ちゃん。
わたしとのことじゃないんだけどと、不満げな由衣。
ただ、昴君にそんな『気持ちの揺れ』などわかるわけがなくて。
真顔で……わたしたちに。
「サンタクロースさんへのお願いって、なににしましたか?」
……間違いなく。そう聞いてきた。