恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第五話
「……ねぇ月子、これなんてどうかしら?」
「使えそうなので、持っていってみます」
……その晩、台所で母親とクッキーに使えそうな『型』を物色していると。
「あの……」
母親が、わたしになにか聞きたそうな顔をする。
「……海原くんから、聞きました」
「あら」
さすがにすべてを、語りはしなかったものの。
わたしはことの顛末を、それなりに伝えたのだけれど。
「それで……?」
お節介な母親としては、まだまだ聞き足りないようだ。
「少なくとも、二十八日までは毎日部活があります」
「そうなのね……」
海原くんは、部長だからとても忙しくて。
従って副部長の、わたしも忙しいのだと。
これは事実で、なんの誇張もないことなのに。
「……だから?」
もう! それ以上わたしが報告できることなんて……特にありませんから!
「そうですか。毎日、大変ねぇ〜」
「でも、明日だけは……」
そういえば、姫妃の通院の付き添いの日で。
帰りが別になる日だと『たまたま』思い出した事実を。
わたしは母に告げる。
「海原君は本当に、お忙しいのねぇ……」
「明日に限っては、かえって都合がいいので……構わないの」
「あら、どういうこと?」
しまった、つい余分なことを口にした。
「通院はほら……義務感からくるものでしょうし。それにあと少しで終わるから」
「……それだけ?」
「そ、それだけです!」
わたしは、これ以上の追求は勘弁だと。
「明日も早いので、そろそろ寝ます!」
そういって。母の前から、あわてて逃走した。
……そして迎えた翌日の放課後。
一緒にラッピングを買いたいと駄々をこねる姫妃を。
「あなたは病院でしょ。ほかに日にちがないからダメよ」
そういって海原くんにまかせると。
玲香と由衣、そしてわたしは。
学校の最寄駅近くで、クリスマス用品の買い出しにいく。
「何軒か見たほうがいいかな?」
「手分けします?」
「そうね……そのほうが『都合がいい』わね」
基本、バレー部用のおつかいなのに。
ときに一緒に、たまに別々になって。
わたしたちは買い物を進めていく。
無事にすべてが終わったところで、駅に向かうと。
その途中で、なぜか美也ちゃんが歩いている。
「三人で買い物なんて……め、珍しいね」
驚いた顔の美也ちゃんは。
「バス降りたら……ちょっと駅の方角間違えてね」
明らかに、そんなはずはないだろうという説明をする。
「ほ、ほら! 講習で疲れたから気分転換!」
受験生だから、そんなことならありうる……のだろうか?
ただ、あまり詮索するのもなぜか気が引けて。
それからわたしたちは、一本だけ列車を遅らせることにして。
四人で一気におしゃべりをしてから。
反対側の列車に乗る美也ちゃんを、ホームから手を振って見送った。
……こうして、クリスマス・イブと呼ばれる日はなんとなく過ぎていった。
よくわからない部活をして。
いつものみんなと過ごして。
帰りの放送室で、余分に残しておいたクッキーを分け合って。
ついでに家に持ち帰ったそれを、僕はダイニングテーブルに置いておく。
「あら? ……誰かからの、いただきもの?」
「もらったんじゃなくて。放送部で焼いたやつだけど?」
そう答えた僕を、母親はチラリと見ると。
「まぁ、まだ『イブ』ですものね」
そういってから、遠慮なくいただきますと両手を合わせる。
一枚口にしてから、また一枚。
ついでに、父に一枚を渡すと。
母はその表情で、十分に満足な味だと僕に告げてから。
最後に、誰に聞かせるわけでもなく。
「それにしても、随分と『複雑な』味よね……」
……そうつぶやいたように、僕には聞こえた。
「姫妃が、経過順調だって」
玲香が、スマホに届いたメッセージを読みあげる。
「あと昴君の乗る列車、一本早いみたい」
どうやらきょうは乗り換え駅から先も、海原くんと別々なのかと思ったけれど。
「じゃ、待っとけって伝えてもらいましょっか?」
由衣がサラリというと。
「ええっ……わかりました……だって〜」
また玲香が、海原くんがいいそうなことを楽しそうに読みあげる。
「スマホって、意外と便利なのね……」
海原くんとわたしにはないものについて、思わず感想を述べると。
即座にふたりが、それなら持ったらどうかと聞いてくる。
「面倒だから、いらないわ」
「出たよ〜」
「ほんと、古風ですよねぇ〜」
前にもいったけれど、いつでも連絡がつくのは便利だとは思うけれど。
ただ、もし海原くんまで『それ』を手にしてしまったら……。
わたしの知らないところで。
……ほかの誰かと、やり取りするかもしれないじゃない。
「放送部のグループとかあったら、楽なことあるのにな〜」
「ほんと、夏のお祭りの前とか。ポストに入れにいったもんね〜」
そのおかげで、保たれているかもしれないこの関係を。
わたしがわざわざ乱しにいく必要はないと。
「ありえないわね……」
わたしはこのときも自覚して。
……力をこめて宣言した。
……乗り換え駅のホームでは。姫妃ちゃんもわたしたちを待っていた。
「ねぇ由衣! せっかくだから、見て・み・て!」
姫妃ちゃんの額の傷を保護するテープが、また小さくなって。
「もう少しで、治るから・ね・っ!」
そうやってヒラヒラ回る姿を見て。
思わずわたしは、姫妃ちゃんがキラキラしていた『演劇姫』のときを思い出す。
あの頃は、ある意味憧れだったり。
あるいは『遠い存在』だったはずの姫妃ちゃんが。
「ちょっと……波野先輩、ホームで転んだらまた怪我しますよ」
「嫌だ、もう怪我なんてし・な・い!」
「だったら、回らないでくださいよ〜」
……いまはアイツの『近く』を舞っている。
姫妃ちゃんの傷が、きれいになって欲しいのは当たり前だけど。
でも、『アイツと一緒に直した』その『傷』が。
もしふたりの、『絆』になってしったら……。
ただでさえかわいい、その笑顔に。
わたしはいったい……。
「……黙っていたら、めちゃくちゃかわいい」
「えっ?」
「由衣って、昔は確かそんな評判だったんでしょ? でもさ……」
玲香ちゃんが、わたしを見つめてきて。
「黙ってろなんて、失礼だよね!」
そういって、笑顔になる。
「だったら月子なんて、最悪じゃない?」
「えっ?」
「口開かなかったら、超絶美女なのにさ」
玲香ちゃんはなんだか楽しそうに。
「相当な毒吐くよ、あの子……」
「あと美也ちゃんは、しゃべっていてもかわいいけどね」
「う、うん……」
「たまにさ……」
ズレたことをいうから。
だからきっと、黙っていたほうがもっとかわいいと思う。
玲香ちゃんはそういうと、わたしに顔を近づけてきて。
「ここから導かれる共通項……由衣はわかる?」
「え、えっと……」
すると玲香ちゃんは、自信たっぷりにわたしを見ると。
「わたしだけは、黙らなくてもかわいいの」
サラリと、そう告げた。
「……自分のことをかわいいという人種に、ろくな性格はいないわよ」
しっかり話しを聞いていた月子ちゃんが。
真正面から全否定すると。
「ちょっと月子、わたしわざといっただけだから!」
「そうなの? 半分本気じゃなかったかしら?」
「あの……どうしたんですかふたりとも?」
「海原くん、実は玲香がね……」
「ちょっと! 昴君は、離れててっ!」
……いったい玲香ちゃんは、なにを伝えたかったのだろう?
「由衣を、励まそうとしたんじゃないの?」
「えっ?」
姫妃ちゃんが、ニコリとわたしを見ると。
「美也ちゃんを見送るときの顔がね、寂しそうに見えたらしいよ」
……自分でも、気づいていたようでわかっていなかった。
そんなことを、教えてくれた。
「由衣って、自分が思うより寂しがり屋さんだからねぇ〜」
みんなは、わたしが思うよりずっとわたしを見てくれている。
なんだか、自分が大切なことを見落としていたことに気づいたわたしは。
「姫妃ちゃん、大好き〜!」
そういって、目の前の演劇姫に抱きつくと。
それから、アイツが渋い顔でわたしを見てくるくらい。
なにごとかと寄ってきてくれた、月子ちゃんと玲香ちゃんを。
「先輩たち、大好き〜!」
……力一杯、抱きしめた。
……こうして、クリスマス・イブと呼ばれる日はなんとなく過ぎていった。
よくわからない部活をして。
いつものみんなと過ごして。
帰りの放送室で、余分に残しておいたクッキーを分け合って。
ついでに家に持ち帰ったそれを、僕はダイニングテーブルに置いておく。
「あら? ……誰かからの、いただきもの?」
「もらったんじゃなくて。放送部で焼いたやつだけど?」
そう答えた僕を、母親はチラリと見ると。
「まぁ、まだ『イブ』ですものね」
そういってから、遠慮なくいただきますと両手を合わせる。
一枚口にしてから、また一枚。
ついでに、父に一枚を渡すと。
母はその表情で、十分に満足な味だと僕に告げてから。
最後に、誰に聞かせるわけでもなく。
「それにしても、随分と『複雑な』味よね……」
……そうつぶやいたように、僕には聞こえた。
……こうして、クリスマス・イブと呼ばれる日はなんとなく過ぎていった。
よくわからない部活をして。
いつものみんなと過ごして。
帰りの放送室で、余分に残しておいたクッキーを分け合って。
ついでに家に持ち帰ったそれを、僕はダイニングテーブルに置いておく。
「あらかせるわけでもなく。
「それにしても、随分と『複雑な』味よね……」
……そうつぶやいたように、僕には聞こえた。