恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第四話
……冬期講習の毎日が、続いている。
当初僕は、三年生以外は講習が午前中のみで終了なので。
午後はまとまった時間を使って、これまでの膨大な書類の整理と。
この先の頼まれごとの準備に、ある程度腰を落ち着けて取り組めると予想した。
ところが、いつもいつも。
毎度毎度のごとく……物事は予定どおりに進ことはなく。
……僕たちには、また新たな『労役』が追加されている。
「アンタはどのみち書類係だから、変わんないじゃん」
いや、高嶺。お前はさておいても。
三藤先輩と、玲香ちゃんまで奪われたんだぞ?
これを大幅戦力ダウンといわずに、なんという?
「あみだくじでいいって、納得した・よ・ね・海原君?」
波野先輩の……いうとおりです。
ただ、二年生の『三人からひとり』が当たるなら。
あとのふたりが選ばれるほうが、じゃんけんよりは確率が高いかと……。
「結局。わたしじゃ不満って・こ・とだよね。感じ悪い」
波野先輩がプイと横を向くけれど。
ただ実際のところ……僕たちふたりでだけで。
この量の資料に立ち向かうなんて、無謀でしかない。
「だ・か・ら。ひとりじゃないだけマシだ・よ・ね?」
猫の手でも借りたいのは事実だ。
ただ……猫の手のほうが借りたいかもなんて。
……口が裂けても、いえません。
「……『焼いている』あいだくらいは、手伝うわよ」
三藤先輩が、やや同情した目で僕を見る。
「そうだね、由衣に洗い物を頼んでわたしも手伝う」
玲香ちゃんが、ありがたいことをいってくれる。
「でもまだまだこれじゃ『予定数』に足りてませんよ?」
そして高嶺が……現実を突きつける。
そう、そんな会話が繰り広げられているこの部屋は。
……放送室ではなくて、『調理実習室』だ。
クリスマスイブとかいう日に、女子バレー部の対抗試合があるらしく。
確かにその『手伝い』は、承った覚えはある。
ただ先日、突然バレー部に移籍した春香先輩が放送室にやってくると。
「手伝うって約束したの、『そっち』だよね?」
しっかり『あっち』の人間になって、要求を増してきた。
「あの……だからって、どうしてクリスマスケーキを僕たちが焼くんですか?」
「えっ? だってクリスマスだよ?」
同行してきた鶴岡さんが、相変わらず不思議ちゃんなのはいいとして。
「別にケーキじゃなくて、クッキー『でも』いいからさ」
同行してきたバレー部長も、なかなかに上から目線で。
三藤先輩がイライラしたのは、いうまでもないのだけれど……。
「『そっち』の顧問がさぁ〜」
まさか、三人とともにやってきた『あの』保健の先生が。
女子バレー部の、顧問だったなんて……。
……藤峰先生が、『通販仲間』の保健の先生のジャムの注文を忘れたらしい。
「だったら、また注文したらいいんじゃないんですか?」
波野先輩は、非常に勇敢だったけれど。
「姫妃、逆らっちゃダメっ!」
珍しく藤峰先生が、怯えている。
「……海原君さぁー」
バレー部顧問なのに、木製バットを持って乗り込んできたその人が。
「一年に一回の、超・レアなジャムなんだけど。どう落とし前つけてくれるかな?」
なぜか僕にすごんでくる。
「だったらなおさら佳織先生に、頼まなきゃいいのに……」
波野先輩の極めて常識的なつぶやきに。
「なんだって、海原君?」
バットを持ち上げて保健の先生が『僕に』迫る。
「しかたないでしょ。通販ポイントって、まとめたほうがお得だもの」
高尾先生が僕の耳元で、どうでもいいことを教えてくれるけれど。
注文忘れの理由にそれはリンクしない。
「だからここは焼いてくれるよね?」
「焼いてくれるよねっ!」
バレー部員と顧問が一体となって、意味不明の依頼を押し付ける。
「ふ、藤峰先生……?」
手持ちのジャムコレクションから、三つくらい与えたらおとなしくなると。
己の不始末にちゃんと責任を取るとだろうと。
そんな期待をして話しを振ったのだけれど。
「ま、協力するのって当然だよねー」
……藤峰先生に期待した僕は、あっさりと裏切られた。
「……とにかく! これが『わたしたち』のプライドだから!」
春香先輩が、僕たちのプライドを打ち砕く。
「クリスマスにクッキー渡す余裕あるんで〜みたいなのって、格好いいじゃん!」
バレー部長のプライドは意味不明で。
「ウナ君、勝負はすでにはじまっているんだよ!」
鶴岡さんのそれは……もうどうでもいいです。
「よし、頼んだ!」
「よし、ここまできたらやるしかないね!」
保健の先生と藤峰先生が、勝手に握手して。
放送部員は完全に置き去りのまま、結論を出してしまった。
「……ま、受けたからにはやるしかないよね」
試しに焼けたクッキーを、みんなで囲みながら。
玲香ちゃんらしい発言がある一方で。
「少しなら毒くらい、入れてもいいのよね?」
三藤先輩も、ブレない感じの……お言葉ですね……。
「ちょっとパサパサしてるかな? チョコ増やしてみます?」
高嶺のそれも、食べ物に関しては前向きだし。
「どんな袋に入れよっか? じゃぁ買い物い・つ・い・く?」
波野先輩なりに、楽しんでいるようでなによりだ。
「ん? どした、海原?」
「……いや、なんでもない」
高嶺から渡された、クッキーを手に。
僕はふと、最後にバレー部長が耳元でつぶやいたセリフを思い出す。
「試合に勝った暁には、きちんとお礼するから。クリスマスまで待っといて」
お礼って、いったいなんだろう。
材料費とかのことだろうか?
わからないことを、いつまでも考えてもしかたがない。
そう思った僕は、書類の山に戻ると。
「ちゃんと手伝えるから! 心配しな・い・で!」
波野先輩がそういいながら駆け寄ってきて。
「キャッ〜!」
……早速、その山をひとつひっくり返した。
「……部長も『あの子』も、一段と気合入ってますよね」
「ほんとだよね。で、夏緑はどう? ついていけそう?」
陽子ちゃんと並んで、水分補給をしながら。
ふと今頃、放送部はクッキーを焼いてくれているのだろうかと考えると。
どうやら陽子ちゃんも同じことを思ったらしい。
「お腹もすいたし、試食しにいきたいよねぇ〜」
「でも絶対、完成するまでは『部外者は禁止』とかいいそうじゃないですか?」
「いえてる。月子かな?」
「わたしは玲香ちゃんの気がします」
「でもそしたら姫妃がさ」
「あと意外と由衣も、一枚ならいいとかいってくれそうですけど」
「でも最後はきっと……」
「ウナ君がダメっていうんですよねぇ〜」
「ほらそこのふたり! 練習するよ!」
この対抗戦には、負けられないと。
「早く戻ってください!」
部長と『あの子』が、そこまで強い思いを抱いていた理由については。
まだわたしも、陽子ちゃんも。
当たり前だけれど、放送部のみんなだって。
……誰ひとりとして、知らなかった。