恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第十二話 最終話
……それから少しあとの、体育館。
休憩時間にわたしが、スマホで『第十一話』を読んでいると。
「春香陽子先輩、部長がお呼びです」
一年生の『その子』が、わたしのフルネームを律儀に呼んだ。
「えっ? わたし?」
てっきり前回で本編が終わりなのかと思っていたら。
まさか……わたしの出番があったなんて……。
「……どこにも『最終話』とは、書いてなかったですよ」
一年生は、そういうと。
「それに今回の副題は、『わたしの恋なら、終わらせた』ですけれど……」
「えっ?」
「前話では誰も『終わらせた』人が、いませんでした」
そこまでいうってことは……もしかしてあなたも、読んでいるの?
「……いずれにせよ、部長があちらでお呼びです」
「あ、ありがとう……」
視線の先は、体育館の二階。
観客席の一番端でこちらに手を振る部長に、右手を合図してから。
わたしは『その子』に。
「あ、そういえばね」
「はい」
「わたしのことは『陽子ちゃん』って呼んでくれていいからね」
そう提案してみたのだけれど。
わたしと同じくらいの背の『その子』は、一瞬動きをとめてから。
「『放送部式』だと、そうなんですよね……」
「えっ?」
「すみません、失礼します」
そういって、走っていってしまった。
「ごめんね〜、休憩中なのに」
「別にいいよ、どうしたの?」
クラスメイトの部長は、わたしを見ると。
「さっきはごめん」
今度は真面目な顔で、急にわたしに謝りだす。
「えっと……なにかあったっけ?」
「いや、ほら。わざわざきてもらった放送部の三人だよ」
「ああ……」
そういえば。
口実はなんでもいいから、放送部員の誰かと話しがしたいと頼まれて。
わたしがケーキでも食べにこないかと、誘ったっけ?
でも、この子が『ごめん、やっぱりいまじゃなくてもいい?』といいだして。
結局手ぶらで帰らせた。
三人はケーキがないって、怒るかと思ったけれど。
「別にいいよ、用事っぽいものが欲しかったし」
「気にしてな・い・よ!」
「まぁ……そんな感じだったんで。次はケーキくださいね」
そんな感じで、あっさりと帰っていった。
あの子たちの真意は……よくわからないけれど。
放送室から、なんだかあえて『離れる理由』が欲しかったみたいなので……。
「放送部員だから、気にしてないでしょ」
わたしは部長の子に、そう答えることにした。
「ところで、なにか伝えたいことがあったんじゃないの?」
気にするとすれば、そちらのほうだろう。
ただ、やっぱりそれは……いまではないらしい。
「陽子……ごめん。もう少しだけ待っててもらえる?」
その目は決して、からかっているのではなく。
「そんなに長くは、かからないと思うから……」
下のコートにいる、『ほかの誰か』を指していているようで。
ならば待つしか、ないだろうと。
……わたしは部長の子に、理解したとうなずいた。
「あとね、陽子……」
席を立とうとしたわたしを、彼女が戸惑いがちに呼びとめる。
どうやら、別の話しがあるらしい。
「あのさ……陽子」
「もしいいにくいなら、無理しないでいいよ」
「いや……実は……」
それから彼女は、一度深呼吸をしてからわたしを見ると。
「わたしの恋なら、終わらせた」
……はっきりと、そういった。
「対抗試合で全勝したら……わたしね、『長岡先輩に』告白する気だったんだ」
「えっ?」
「好き、だったんだよね……」
「そ、そうなの?」
そんなこと、まったく知らなかった。
だからあんなに真剣に練習していたのか。
とはいえ……。
「だってわたし約束したし。ハードル上げないとって決めてたから」
誰との約束なのかは、聞かないけれど。
どうして……そこまで?
「だって……陽子がきたからだよ」
や、やっぱりそうなんだ……。
「陽子、『終わらせてきた』からさ。それに、長岡先輩って陽子が好きだから」
「ごめんね。わ、わたしの……」
「……『せい』じゃないよ。だからハードル上げただけ」
「そんな……」
「気にしないで。おかげで結構、スッキリした」
部長は『なんか、照れるよね』といってから、静かな声で。
「……わたしの恋なら、終わらせた」
……もう一度、わたしもよく知っているセリフを繰り返した。
「よしっ! じゃ練習しよっ!」
「ちょ、ちょっと待って」
「なんで?」
「だって……」
いきなり告げられても……まだ頭の整理が追いつかないよ。
すると彼女が両手で、わたしの両肩をガッシリとつかむ。
「ねぇ陽子? 本気でバレー部頑張ってくれるよね?」
「うん、それは約束する」
「よし、なら平気! わたし、バレーに残りの青春捧げるから」
「えっ?」
「だから陽子は恋も部活も、わたしの分まで頑張りな」
「えっ……」
「あ、サボるとしごくから! あと、お願いがある……」
……『放送部式』に一年生には『ちゃんづけ』で呼ばせろと。
「ちょっと、そういうのって部長がやってよ! だいたい関係なくない?」
「変化が欲しいんだよ。新入りなんだから。新しい風、吹きこんでよ」
「なんで? 面倒なことって、部長がやるんだよ!」
「いや、それは放送部『だけ』でしょ? そこは真似しないから」
ちょっとなんなの、この強引な感じ?
「いいでしょ、わたし部長だから」
あぁ……どの部活にも。
『面倒くさい子』って、いるらしい……。
……練習再開の前に、陽子ちゃんが二階から。
「みんないい? これからは『ちゃんづけ』! 『先輩呼び』は禁止です!」
よくわからないけれど、一年生のわたしたちにそう叫んでいた。
「鶴岡夏緑さん、どうかしたの?」
ボールかごを移動させながら、同級生の『その子』が聞いてくる。
「ううん、なんか観客席のふたりが盛り上がってるなぁって」
「……きっと『共通点』があるからじゃない?」
「えっ、どんな?」
一年生の『その子』はわたしを見ると。
対抗戦前には見たことのない、やわらかな表情になって。
「わたしからは、いえないかなぁ〜」
……少し楽しそうな声を、聞かせてくれた。
「ね、ねぇ。市野さん?」
きっといまが、仲良くなれるチャンスのはず。
「千雪って……呼んだらダメ?」
どうかお願い……いいよって返事して!
彼女は一度、カゴの中のボールをじっと見つめると。
「それもまたまた、『放送部式』だよね」
そうつぶやいてから……わたしに笑顔を向けてくれた。
「いいけど……ただし『夏緑』。わたしの相談乗ってくれるかな?」
「もちろん!」
わたしも笑顔で答えて。
やっと市野千雪と、友達になれた。
これでまた、バレー部での楽しみが増えたと。
……そう思ったのだけれど。
えっと、ウナ君。いや海原昴君。
あと、放送部のみなさん。
事前に少し、お伝えしておきますけれど……。
この先の展開って、決して。
……わたしのせいでは、ないですからね!
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