すこしずつ、恋をする。
翌日、穂乃果のスマートフォンが何度も震えた。優からのメッセージ。見るかどうか、指が止まる。開けば、言葉に迷いが滲む文章が目に飛び込む。

「昨日は……色々考えすぎてしまったかも。今は少し距離を置きたい」

穂乃果の胸がぎゅっとなる。わかっていたつもりなのに、やっぱり痛い。

彼も同じくらい悩んでいる——それだけは確かだ。でも、どう距離を縮めればいいのか、お互いにわからないまま、ぎこちない空白が広がっていた。

昼間、職場の窓から外を見つめながら、穂乃果は思う。

(昨日のことを、なかったことにしたくない……でも、どうしたらいいの?)

優もきっと同じ気持ちだろう。年上だから、きっと大人の判断を優先している。でも、その慎重さが、逆に二人の距離を遠ざけてしまう。

夜。駅前のカフェで、偶然二人はすれ違った。互いに目が合う。

「……穂乃果」

「……優」

声は自然と小さくなる。ぎこちないけれど、二人とも立ち止まった。昨日のことを思い出すと、胸の奥が熱くなる。

「話せる?」

優がそっと訊く。穂乃果は頷く。二人はカフェの隅に腰を下ろし、しばらく言葉が出ない。

「昨日のこと、気まずいよね……」

「うん……でも、俺は、穂乃果のこと……」

優は言葉を切り、視線を落とす。穂乃果も同じように目を伏せる。好きなのか、ただ惹かれただけなのか、まだ確信は持てない。でも、確かにお互いを意識している。

「私も……優のこと、変に意識しちゃってる」

二人の言葉はぎこちないけれど、空気は少し柔らかくなる。距離感はまだ遠い。でも、昨日よりも少しだけ、心が近づいた気がした。

カフェの窓から見える街灯の光が、二人の影を揺らす。まだ答えは出ない。だけど、この夜のすれ違いの中で、確かにお互いの存在を求めている——それだけは、誰も否定できなかった。

二人のすれ違いは、まだ続く。でも、そのすれ違いの中に、ほんのわずか、次に進むための光が差し込んでいた。
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