Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~

 その夜はそのまま、宴会と呼ばれる宴へと流れていった。

 あかねは最初反対した。
 この日本独特の行事に、イギリス人のケネスが馴染めるとは思えない。西洋式のパーティーにしようと言ったのだが、それを制したのは意外にもケネス本人だった。

「ニホンの、ブンカ。たのしみです」
 と、例のつたない日本語で答えながら。

 そんな訳で結局、あかねとケネスを含む主な役員と社員の大所帯が、とある料亭の一間を貸しきる事になった。
 
 最初こそ外国人のケネスの手前、紳士を保とうとしていた社員達だが、一杯二杯と酒が回っていくうちに次々正体を失っていく。食事が終わる頃には、明らかに正気といえるのはケネスと三島、そして酒には手を付けなかったあかねくらいという有様だった。

「──なるほど。サケは日本の素晴らしい発明品だ。けれど、日本人には少し強すぎるのかもしれない」

 そんな事を、ケネスは神妙な顔付きで言った。
 ジョークなのだろうか? あかねがそれに苦笑いすると、三島が腕をめくり時計を確認した。

「あかねちゃん、君はそろそろ帰ったほうがいいかな。よっぱらい達の面倒は私が見ておくから」
「そんな、三島さん。いつも悪いです。わたしももう子供じゃないし」
「いいや、亡き社長の愛娘にそんな事はさせられないよ。慣れてるから気にしなくていい。それに、この融資話はどうやら君のお陰のようだからね」

 ──少し声を落として、三島は日本語でそう話した。

 それはもちろん、傍にいるケネスにも聞こえる程度の声なのだが、こうした早口の口語は完全には聞き取れないようだ。三島は続けた。

「もちろん話がまとまってくれれば嬉しいが、無理はしなくていいんだよ」
「三島さん……」

 三島はそれだけ告げると、ケネスとあかねの二人を残して席を立った。
 あかねはその後姿を眺めた。
 三島の言いたいことは、なんとなく分かる。彼は有能なのに、同時に優しくて少し苦労人だ。あかねとはまるで叔父と姪のような関係だった。

 ふとあかねが顔を上げると、ケネスも同じように三島の後姿を見送っている。あかねの視線に気が付くと、ケネスは彼女に対して微笑んだ。

「いい男だ。彼の様な社員がいるなら、私の融資も無駄にはならないでしょう」
「ええ……三島さんは創設当時からの社員です。ずっと父の右腕だったんですよ」

 そう答えると一瞬、なぜか、あかねを見下ろすケネスの瞳が険しくなった。あかねの背筋をぞくりと冷やすような、深いなにかが、彼の瞳に宿っている。

 ケネスの厳しい視線に、あかねは一瞬後ずさりそうになった。
 それに気がついたのか、彼はすぐに穏やかな表情に戻る。

「自宅まで送りますよ。また少し食後の散歩でもしながら。どうですか?」
「は、はい」
「よかった」

 その時のケネスは、すでにいつもの彼に戻っていた。
 はっきりとしているが穏やかな口調。紳士的な態度と物腰。だから、夜が深まるにつれ、あかねはそのケネスの険しい視線の存在を忘れていった。
 気のせいだろう、そんなふうに受け流して。

 忘れてはいけなかったのに。
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