Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~
「どうして……」
「彼はイギリスに帰るそうだ。今頃すでに空港だろう。もしかしたら機上かもしれない」
「そんな!」
「事実なんだ。確認もしてある、彼はこの朝の便を予約してあった」
「…………」
呆然とするあかねを前にして、三島はますます同情の色を濃くした。しかしその同情の影には、疑いに似た疑問も影を落としている。
三島はゆっくりと言葉を続けた。
「本当かどうかは分からない。君を傷つけるような事は言いたくないが──彼はこう言い残したんだ。君に失望した、と。だから融資もプロジェクトも切るのだ、と……私はまさか、君達が急に喧嘩でもしたのではないかと思ったのだが……」
三島の眉間には苦渋の皺のようなものがくっきりと刻まれている。言いたくない台詞を言わなければいけない者の、正直な印だ。
あかねの驚きを隠せなかった。
突然世界が真っ白になってしまったような感覚がして、どこからともなく酷い耳鳴りが襲ってくる。
(失望?)
彼はなんと言ったと? あかねに失望──?
あかねが何も答えられないでいると、三島は疲れた溜息を吐いて、席を立った。
「私は仕事に戻るよ。会社は大混乱だ──帯を締めて掛からなければ、潰れてしまう」
「…………」
それでもあかねは答えられなかった。
部屋を出て行く三島の背を無言で眺める。長身なはずの彼の背中を、小さい、と思ってしまった。それは疲れと失望からだったのだろう。
そしてその事実が……その失望を与えてしまったのが自分だという事実が、あかねの胸をこれ以上ないほどに傷つけた。
大海洋にたった一人、置き去りにされた気分だった。
陸も、人も、船も、すがれる物は何もなく。そのまま次の波に飲み込まれて、深く沈んでいってしまう。
しかしそれでも、胸に去来するのは、愛しい人の姿ばかり──。
* *
空港までの道、ケネスは一言も発しないでいた。
ただ岩のように心を硬くして、余計な感情が自分を支配するのを食い止め続けていた。何かを言葉にしたら、すぐに後悔が溢れてきてしまいそうな気がした。
タクシーが空港のゲートに着くと、ケネスは外に出て空を見上げた。
涼しい風が、静かに頬を撫でる。
運転手がケネスの荷物をトランクから降ろし始めている。その場にはせわしい空港の雑音が溢れていた──しかし、ケネスの耳にそれは届かなかった。