Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~

 そのまま行く当てもなく走り出すと、あかねはいつの間にか、ケネスが滞在していたホテルの前へ辿り着いていた。しばらく建物の前で棒立ちになり、上がった息をなんとか整えると、ロビーに足を踏み入れた。

 受付には黒いスーツ姿の支配人が佇んでいる。今朝部屋を後にする際に顔を合わせたのと同じ人物だ。あかねは彼に近付いた。

 あかねを見ると、その支配人は驚いた顔をした。
 しかし流石にプロと言うべきか、すぐに表情を戻し、うやうやしく頭を下げた。

「リッター氏ならすでにチェックアウトされましたが。ご存知かと……」
「あ……」

 なにを期待していたのだろう。
 あかねが落胆したのを見ると、支配人はどこか申し訳なさそうな顔をした。そして、

「すみません、お力になれず」
 と静かに謝った。

「い、いえ! こっちこそ突然来てしまって……」

 ごめんなさい、と謝り返そうとした瞬間──あかねの瞳にまた涙が溢れ出した。
 走ったせいか、悲しみが堰せきを切ったせいか、膝から力が抜けてあかねはそのままロビーに崩れ落ちるように座り込んだ。
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