船々恋々

理解が追い付かず、木之下さんの言葉が頭を巡る。
「三浦、しっかり聞けよ。」
強い口調に、意識を集中するように力強く頷いて。
思わず涙目になるのを我慢。
「あの後、あいつから報告を受けたんだ。所長にも、すぐに連絡して……すまない、後回しになったのは。」
「いえ。それよりスパイって、どういうことですか。」
木之下さんの気遣いが見え、嬉しさよりトキくんの事が心配になった。
私の動揺からの切り替えに、安心したのか木之下さんは少しの意地悪な笑顔。
「お前は本当にスゴイ女っすね、あいつが惚れただけあるっすよ。……実は、冨喜を紹介した会社に、Sペイントが根回ししてた。うちが増員するタイミングを知って、冨喜を入れたんだ。あいつのオヤジさ、Sペイントにいる職人が居場所を知ってたんだ。情報と交換で、仕方なかったみたいだ。」

トキくん……

「大した情報は漏らしてないってさ。惚れた女に嫌われたくないからって、あいつ……オヤジの情報も聞かずに消えたんだ。」
複雑な感情が入り交じり、何を言って良いのか分からず。
我慢も切り替えも、どこかへ消えて。
涙が込み上げ視界は霞んで、止め処なく零れ落ち続ける。
何度も目元を拭い、必死で繕おうとするけれどうまくいかない。
「三浦さん、ありがとうね。君の職人さんたちに対する態度が、この会社を救ってくれているよ。」
優しい所長の声に、思わず声が漏れてしまう。
悔しい。何も出来なかった。
トキくんに、私は何もしてあげていない。
むしろ、お父さんの情報を得られるチャンスを奪ってしまった。

職人さんたちの間では、情報なんて筒抜け。
会社には悪いけど内緒なんて無い。
卑怯なSペイント。周りのウワサは本当だった。


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