辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする
 匠真の母は小さく息を吐いて、涼花を見た。
「涼花さん、優真の夢を叶えてくれてありがとう」
「あ……」
 涼花がみるみる目に涙を浮かべ、声を詰まらせた。匠真の母は、次は沙耶に語りかける。
「匠真に『俺の人生も兄さんの人生も、母さんや父さんのものじゃない』『次期院長の座か沙耶かと言われたら、俺は沙耶を取る』って言われて、ようやく目が覚めたの。遅すぎるわよね。きっと優真は許してくれないでしょうけど……」
 涼花が涙声で言う。
「そんなことありません。優真さんは名前のとおり、本当に優しい人でしたから」
「そうね……そうね」
 匠真の母はハンカチを口元にギュッと押し当てた。そうして涙をこらえるように肩を震わせていたが、やがて深呼吸をして顔を上げた。
「涼花さん、優真の一周忌、来てくださいね」
 涼花が目を見開いた。かと思うと、その表情がゆっくりと崩れていく。
「は、はい」
 今にも泣きそうになった涼花の背中に、沙耶はそっと手を添えた。
「おふたりとも、落ち着くまで二階で休まれてはいかがですか? 温かいお茶をお持ちします」
 涼花は人差し指で目元を拭って、口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう。そうさせてもらうね」
 涼花は続いて匠真の母に顔を向ける。
「よかったら、二階で少しお話ししませんか?」
「そうね。優真の思い出話ができたら嬉しいわ」
 涼花と静枝が寄り添うようにして階段を上っていく。ふたりの後ろ姿を見ながら、沙耶は目頭がじわじわと熱くなった。

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