【コミカライズ配信中】見捨てられた伯爵夫人は高利貸しの愛で再び輝く〜導く者に祝福を、照らす者には口づけを 〜

48.身も心も、すべて

 浴室から戻ってきたリリアーヌが寝台に近づくと、ローレンスはうつ伏せになって寝息を立てていた。

 大公位叙爵までもう日がない。決めることや調整することが山積みだ。 
 そのためこのところお互い多忙を極めていて、二人とも寝台に入った瞬間眠りに落ちてしまう。どちらがいつ屋敷に帰ってきたのかさえ分からない、そんな生活が続いていた。
 今日たまたま日が落ちてすぐの時間に帰宅できたリリアーヌが寝室で外出着を着替えようと胴着(ボディス)のボタンを外しかけた時、ドアが開いてローレンスが入ってきた。
 二人は一瞬、顔を見合わせてからお互いの胸に飛び込み、唇を合わせながらそのまま寝台に倒れ込んだ。それからとっぷりと日が暮れるまで欲望を貪り合って、今に至る。

(よく眠っているわ……お疲れなのね……)

 起こさないよう寝台にそっと腰かけて、額に落ちている銀灰色の前髪を(もてあそ)ぶ。無防備な寝顔が愛おしい。さっきまでのローレンスが嘘のようだ。
 肩から上腕にかけての盛り上がった筋肉、額から滴り落ちる汗、苦しそうに寄せた眉、時折漏れる獣じみた呻き声……その全てがリリアーヌの官能に火を着け、彼女を高みに押し上げた。

 髪から耳に手を伸ばし、首筋を通って背中に指を滑らせていく。肩甲骨のあたりが静かに上下している。そこに小さな引っ掻き傷ができているのに気づいてリリアーヌの顔が赤くなった。さっき(たかぶ)る自分を抑えきれずに思わず爪を立ててしまったのだろう。

 そっとこめかみに口づけようと顔を近づけた時、ローレンスが片目を開けてリリアーヌを見た。

「起きてらしたの?」
「……つい今しがた目が覚めた」

 体の向きを変えながら、悪戯が見つかった時のような顔のリリアーヌの腕を取って引き寄せる。ローレンスの上に横向きに乗っかる形になったリリアーヌの目の前に、裸の男の胸が迫った。

「お忙しそうね」
「お互いにな」

 いつもと変わらない静かで低い声を耳にしてリリアーヌの胸がキュッと締めつけられた。思わず自分からローレンスに縋りついて胸に顔を埋める。微かな汗の匂いと煙草の残り香に包まれたリリアーヌは、言い知れぬ幸福(しあわせ)に包まれていることを実感した。

「どうした?」
「……最近ろくに貴方の顔も見られなかったから……ずっとこうしたかったのです……」
「そうか。……俺もだよ」

 逞しい腕がリリアーヌの肩を抱いて優しく撫でる。リリアーヌはふと以前から気になっていたことを訊いてみたくなった。

「ねえ、ローレンス」
「ん?」
「……あの時、どうしてわたくしにここで働くよう言って下さったの?」
「……どうした急に?」
「ずっと訊いてみたいと思っていたの……わたくしあの時、もう本当に娼館に売られるものだと覚悟を決めていたのよ。でも貴方はそうはなさらなかったわ。何が貴方を引き止めたのかしら。教えて?」
「……」
「ローレンス?」

「……貴方の淹れた茶が美味かったから」

 しばらく沈黙した後でローレンスはぼそりと呟いた。

「お茶? お茶ってあの時の?」
「ああ」

 そう答えるとローレンスはリリアーヌを抱いたまま起き上がり、寝台のヘッドボードにもたれかかった。

「あの時、貴女は処刑場に連れ出された死刑囚みたいに怯え切った真っ青な顔で、手にしたカップが音を立てるほど震えていた。それなのに、出された茶が驚くほど美味かった。さぞ恐ろしいだろうに、それでもきちんと茶が淹れられる……きっと何に対しても一切手を抜かない人なんだろうと思った。なんというか、貴女の強さというか……矜持みたいなものが伝わる味だった。……この茶を毎日飲みたい、そう思ったのが理由だよ」
「お茶……」
「何だ、不満か?」

 見上げるとローレンスの濃い灰色の目が笑いながらリリアーヌを見つめていた

「……いいえ、少し意外だっただけ。でも……嬉しいわ。今までそんなふうにわたくしを見て下さる方はいなかったもの」
「皆見る目がないのだな」

 突然ローレンスはリリアーヌを押し倒すと首筋に鼻を寄せた。リリアーヌの身体の奥が甘く疼いて呼吸が荒くなった。

「いい匂いがする」
「あ……だめ……ローレンス……」
「茶に惚れたなんて言わないでいようと思っていたんだ。それなのに質問してきた貴女が悪い。お仕置きだ」

 夜着の胸元のリボンがスルリと解かれて、ローレンスの唇が胸の頂きを捉えた。そのまま軽く吸われてリリアーヌは気が遠くなる。
 ふと脳裏に初めて()った時のことが蘇ってきた。結婚式の後、皆が見ている中で婚礼衣装のまま抱き上げられて……それだけでも恥ずかしくてたまらなかったのに……うっすらと光の入る午後の寝室で夫になったばかりのローレンスに身体の隅々まで見られ、脚を大きく広げられ、指と舌とで甘く容赦なく攻め立てられて、やがてついにリリアーヌは背中を反らせて高く長い叫び声をあげた。
 その時ローレンスは、羞恥と困惑と初めて味わう快感に混乱して思わず半泣きになってしまったリリアーヌを抱き締めると、耳朶(みみたぶ)(つい)ばみながらこう囁いたのだ。

 それでいい、貴女のそういう姿をずっと見たかった。もっと見せてくれ、貴女が乱れれば乱れるほど、俺は幸せだ……

「だめよローレンス……折角お風呂に入ったのに……これじゃあ……」
「だからいいんじゃないか。貴女の素肌を気が済むまで味わえる」
 顔を上げてリリアーヌを見つめる。その表情は()()()そのもので、リリアーヌに大人しく屈服したほうがいいぞと迫ってくる。

「あ……っ……ダメ……ローレン……ス……あした……王后……へ……か……に……」
「俺が代わりに叱られるから大丈夫だ」
「ダメ……あ、ああ……っ」

 リリアーヌの背中がビクンと跳ねた。ローレンスの長い指が夜着の裾から忍び込んで、リリアーヌの最も敏感な部分に当てられている。

「ここはダメとは言ってないぞ?」
「あ……ああー……っ……!」
「……いい声だ」

 もうリリアーヌは(あらが)うことができなかった。

 翌日、どうしても起き上がれなかったリリアーヌを残してひとり王宮に赴いたローレンスが、またしてもユージェニーからこってりとお説教されたのは言うまでもない。
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