大書庫の白薔薇は恋の矢印を間違える〜推しの恋を叶えるために化けてみたら、なぜか王子にロックオンされました〜

第四話 え、なにこれ


 ふうと息を整え、振り返る。
 ライエル殿下は長椅子の肘置きに立てた腕に顎を載せ、首を傾げるようにしてこちらを見ていた。整えられた金の眉が心持ち上げられている。端正な口元も同様だ。こちらに興味を持っている。
 よし。なんだか知らないけど、意外と計画どおりだ。いける。
 殿下のほうへ歩み寄ろうと足を出すと、今度は左右からカーテンが閉められるように視界が塞がれた。残りの取り巻きたち、有象無象が立ち塞がったのだ。

 「……ちょっと。なんなの、あなた」
 「見ない顔ね。それになあに、そのドレス。ここは学院よ。そんな高価そうなものを身につけてきて見せびらかすなんて、嫌らしい」
 「学院の生徒ではないわね。おおかた、どちらかのご子息が婚約者を自慢しに連れ込んだというところかしら。すこうし見目が良いからって、そうやってひけらかすのはいかがかと思うわ」

 立て続けに言葉の毒矢を放たれる。このわたしに向かって見目がよいとは、大層な皮肉だ。
 でも、じゅうぶんに想定内。それに、さっきの派手な女に間近で対峙したことで少しは慣れた。表情を作る余裕もある。口元を小さく持ち上げ、足を踏み出しながら脳裏から言葉を引き出す。
 ふふ、皆さまのお話があんまり楽しそうだから加えていただきたくて。でも、殿下は皆さまにも、わたしにもお気持ちは向けておられないようね。きっと殿下のお望みは、聡明で心根のまっすぐな女性。そう、あちらのフィオナさまのような……。
 大丈夫。いまならいける。
 すう、はあ。
 よし。

 「永劫なる闇に伏しもがく哀れなる呪われし魂どもよ。いざすみやかに我が眼前より失せよ。さすらばその小さく哀れな影を事理の虚偽として忘却の彼方に棄滅すること、避けることも能うであろう」

 令嬢たちが凍りつく。
 もちろんわたしもだ。低い声で言い切って、薄い笑顔を浮かべたまま硬直している。もうやだ。自分の横面をおもいっきり引っ叩きたい。
 さっき別の本を引いてしまったことでわたしの脳内記憶の地図は完全に崩壊したようだ。なんだっけこれ。どこで読んだんだろう。王国史の……外伝、だったかな……?
 そしてやっぱり、そのまま言葉が止まらない。なんとか止めようとするから、細く、だが低く、地の底から響くような声となる。

 「眼前に広がりし邪なる黒き霧よ、迅く晴れよ。怨嗟の谷より甦りし銀の魔女が王のおん前に出ずるのだ。永きにわたり王国を覆し雲を両断するときが来たのだ。さあ、甦れ、光の子らよ。寿げ。刻を超えし王の誕生を」

 誕生するのか。そうか。もういいやなんでも。


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