大書庫の白薔薇は恋の矢印を間違える〜推しの恋を叶えるために化けてみたら、なぜか王子にロックオンされました〜

第三話 白装束の女


 貴族学院、本校舎。
 広げた扇のかたちに作られたその二階建ての建物の、握り手、起点にあたる部分にエントランスがある。
 広く明るい広間にテーブルや椅子が用意され、生徒や教授たちが議論や勉強、あるいは軽食をとるために自由に使ってよいことになっている。
 ちょうど昼の講義が終わった時間帯だ。講堂から出てきた生徒たちで賑わっている。彼らの上に、あるいは落ち着いた色合いの石造りの床に、明かり取りからの午後の穏やかな陽光が落ちている。

 その、一隅に。
 ひときわ目を引く集団があった。
 長い足をゆったりと組んで腰掛ける白金の髪の男性は、第二王子ライエル殿下。涼やかに微笑む彼を囲んでいるのは上級貴族の娘たちだ。彼が口を開くたびに空気が華やぐのがここからでも見て取れる。ただ、その薄青の瞳は、どこか退屈を帯びているようにも見えた。
 殿下の護衛は、ひとりだけ。長身の無骨な騎士が彼の背後で後ろ手にのっそりと立っている。令嬢たちも彼の近くには寄らないように半円に殿下を囲んでいるのだ。全身、黒づくめ。荒々しく跳ねる赤毛を後ろになでつけており、額の深い傷があからさまとなっている。こう見えて、学院の生徒でもあるという。

 「……な、七人、か……いつもより、ひ、ひとり、多いな……」

 窓から顔のはんぶんだけを出して、わたしは彼らを観察している。
 二階の、資料室。窓が切られていて、そこからエントランスを見下ろせるのだ。資料室は地下の大書庫から直接、裏の階段で繋がっている。わたしは普段、できるだけ人目につかないようにこの経路をつかって校舎内を移動している。

 七人、というのは、もちろん取り巻きのご令嬢たちの数だ。
 すなわち、排除を要する女豹どもが、七頭。
 覚悟を決めるように深く息を吸い、ゆっくりと吐く。その拍子に顔の横に白銀の髪が落ちてくる。今日はローブをまとっていないし、纏めていないのだ。ひとたばを手にとって眺める。調合した秘薬で磨いたそれはゆるやかにウェーブし、窓からの光を受けて煌めいている。
 どう、見えるんだろう。わたし……。
 心が沈んでいきそうになる。ぱん、と頬を両手で挟んで鼓舞する。
 やるしかない。笑われて、嘲られてこその当て馬だ。


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