戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~

最終話 もう一度、世界を愛するために

 王城の中庭には、子どもたちの明るい笑い声が響いていた。
 戦の爪痕がまだ街のそこかしこに残る中、こうして笑顔を取り戻した小さな命たちの姿は、なによりの希望だった。

「ほら、指をこうして……そう、上手だなレナちゃん」

 セラフィーナは、草の上に座り込みながら、幼い子どもたちに手遊びを教えていた。
 彼女の膝にちょこんと座る子、隣で真似する子、少し離れても真剣な顔で手を動かす子。
 そのどれもが、幸せな時間だった。

「もっかいやってー!」
「次はうたうやつがいいー!」
「せらさま、せらさま、こんどはおんぶー!」

 セラフィーナは笑って応える。

「はいはい、順番ね。転ばないように並んで」

 昔、戦場に居た時の血なまぐさい毎日だった頃にはなかった光景。
 誰かの命の隣に、息づく日常――そこに寄り添えるだけで、今は満たされていた。

   ▽

 少し離れた石造りの小径に、二人の若者が帰ってきた。

 一人はノア、もう一人はカルミアだった。
 どちらも旅装のまま、少し泥のついた靴で歩いてくる。

「……で、結局どうだったの?例の魔道具商」
「うーん、めっちゃ面白いもの見つけたよ。でも、ちょっと……危険かも」

 カルミアが、いつになく真剣な目でノアに囁く。

「『古代の記憶媒体』って言ってたけど、あれ……封印されてた理由、たぶんね――」

 言いかけたところで、子どもたちの笑い声が響き、二人はそっと言葉を止めた。

「ま、今は黙っておこうか」
「うん。セラの邪魔、したくないしな」

 それだけ言って、ふたりはそっと小道を逸れ、裏口から城内へと消えていった。

   ▽
 
 中庭に戻れば、セラの周りには花のように子どもたちが咲き、日差しがそれを優しく包んでいた。
 その横に、静かに歩み寄る影が一つあった。

「……元気だな、子どもってやつは」
「見ているだけで、私は元気になるな」

 隣に立ったのは、王――ライグ。
 彼は、無言で彼女の手元に視線を落とし、そしてそっとその手を取った。
 温かく、力強く、だがどこまでも優しい手。
 セラフィーナは驚くことなく、そのままその手を握り返した。

 そして、ふと空を見上げながら――静かに、心の中で呟いた。

 そして、ふと空を見上げながら――静かに、心の中で呟いた。

 (私はもう、『聖女』ではない。けれど……それでも、誰かの痛みに寄り添える自分でいたい。怒りも、悲しみも、迷いも、すべて乗り越えて……もう一度、この世界を、愛せるようにしたいな)

 そう思いながら、セラフィーナは胸元でぎゅっと手を握りしめた。
 それは祈りではなく、誓い。
 神ではなく、自分自身に捧げる、未来への約束だった。
 そんな彼女の横で、静かに声がする。

「ふむ……セラ」
「ん?なんですか?」

 顔を上げると、ライグは珍しく真面目な顔をしていた。

「俺たちは……もともと契約だったが今は違う。そうだろう?」
「……ああ。今はもう正真正銘の夫婦、だな」

 微笑みながらそう答えるセラフィーナに、ライグは小さく頷いた。
 そして、ごく自然な流れのように――けれど、どこか特別な響きで言葉を続けた。

「だから……『次』に進むことを、しないか?」
「次に……進む?」

 セラフィーナはきょとんとした顔で、首を傾げる。
 まるで言葉の意味を掴みかねているように。
 そんな彼女に、ライグはわざとらしく間を置き、そのままそっと顔を近づけ耳元に口を寄せる。

「……俺は、お前の子供が欲しいんだが」
「…………な、な、な……!?」

 一瞬で、セラフィーナの顔が音を立てて真っ赤に染まった。
 握っていた両手が、バッと弾けるように彼の胸を押し返す。

「なななっ……な、なにをっ、なにを言ってるんだっ!!?」

 ライグは特に動じるでもなく、静かに笑った。
 それはいつもの鋼鉄の王ではなく、一人の夫としての柔らかな笑みだった。

「……顔、真っ赤だぞ」
「あーっ! 聞こえない聞こえないっ!!」

 両手で耳を塞いで、全力で否定するセラフィーナ。
 けれど耳の先まで真っ赤になっているのは、隠しようもなかった。
 そんな彼女の姿に、ライグは堪えきれず笑い声を漏らす。

「くく……ふっ……ははっ……やっぱり、お前は面白いな」
「面白くないっ!! ぜ、ぜんぜん!! もうっ!」

 小さく拳を握って拗ねるセラフィーナに、ライグはそっと手を伸ばし、彼女の肩に触れた。

「……でも、そう言って怒ってくれるのが、今の『お前』だからな」

 その声は、どこまでも穏やかで、優しかった。

 遠くで、夜の鐘がひとつ鳴る。
 風が星々を撫で、テラスを通り抜ける。
 ふたりが見上げる空は、もう『孤独』の色ではない。
 交わした約束と、未来への願いが、確かにそこにあった。



第1部、完
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