嘘と欲求
 親友なのに親友の好きな本のジャンルすら知らないとなると、それは本当に親友なのかと疑われかねない。もっと詳細を知りたい。誰も知らないような伊織を知りたい。

 整った横顔を見つめ、整った横顔という情報も使えるな、と頭の片隅に記憶する。些細な事柄でも集めておくことは重要で、取捨選択はその後でいい。とはいうものの、投稿の際に捨てた情報は今のところゼロに等しかった。惜しみなく捨てられるほど多くの情報を得られているわけではないからだ。

 視線に気づかれる前に一旦顔を逸らすと、黒板の横にある扉の奥から人の気配を感じた。直後に扉が開く。中から出てきた人とばっちり目が合った。生物教師は準備室に籠もっていたようだ。

「あれ、西原くん、珍しく早いね」

 いつもは遅い翔真を前に瞠目しつつも、生物教師はすぐににこにこと笑みを見せて話しかけてきた。

 翔真は目上の教師の雑談のような声かけに何と返せばいいのか分からず、それでも何かを返さなければと一瞬の間にあれこれ考えたが答えは出なかった。結局、はい、まあ、と語尾に三点リーダーが何個もつきそうなくらいのコミュ力のなさを発揮するだけ発揮して、静かに唇を閉ざした。

 沈黙。生物教師はそれ以上は何も言わず、抱えていた教材を教卓に置いた。無理に会話を続けられるのも苦手だが、自分が発言した後に気まずい空気が流れるのも苦手だった。

 傍らからは、本のページを捲る微かな紙の音。伊織は集中を途切れさせることなく文字を追っている。全く気にしてくれていない。異様なまでに気にしているのは翔真だけである。勝手に親友にしているのだから当然であった。

 薄い紙を捲る音。本の中ではキャラとキャラの会話が繰り広げられているのだとしても、リアルでは翔真も伊織も生物教師も誰も何も喋らず、時間だけが過ぎていった。
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