嘘と欲求
 翔真は伊織を振り返った。最前列になってから席替えはしていなかった。最後列の伊織の席は空いている。いない。荷物もない。既に教室を出てしまったようだ。いつの間に。

 急いで荷物をまとめた。今日を逃したら、一ヶ月以上お預けになってしまう。伊織の自宅の場所を突き止める。それが一学期最後の試練だ。特大の情報だ。必ず入手してみせる。

 バタバタと教室を飛び出した翔真は、廊下と階段を駆け抜けた。勢いよく校舎を出て、辺りをきょろきょろと見回す。伊織はいつも正門の方へ向かっている。家の場所によっては裏門から帰る人もいるが、伊織は正門からだ。

 正門へ足を向け、突き進んだ。夏の陽気に晒され、じわりと汗が滲んだ。拭った。早歩きであることも汗を滲ませる原因になっているようだった。翔真は急いだ。伊織の家を知るためには、伊織本人を見つけないといけない。

 学校の敷地を出て、視線を巡らせた。伊織。伊織。伊織。いた。見つけた。翔真の瞳が、獲物を捉えた鋭い目つきに変わった。伊織は曲がり角を曲がっている。建物に阻まれ、姿が見えなくなる。翔真は呼吸を整え、尾行のスイッチを入れた。

 伊織はまっすぐ家には帰らず、翔真の帰り道の方向へ進んでいた。考えられるのは書店への寄り道だ。翔真は一定の距離を保ったまま、伊織を見失わないように後をつけた。時間ならたっぷりある。最後まで粘って、絶対に自宅を特定する。

 気配を悟られないよう、息を潜めて歩き続けること数分。前方に書店の看板が見えた。予想通り、伊織は駐車場に入って行く。遅れて翔真も入り、隣のドラッグストアを素通りした伊織が書店に足を踏み入れるのを確認した。

 後に続くべきかどうか迷った。今回は伊織が帰り着くまで、尾行に気づかれてはならないのだ。どこかに隠れて伊織が出てくるのを待つ手もあるが、隠れられるような場所はない。出入口付近でうろちょろするのも怪しまれる。ここは潔く入店するのが自然か。もし店内で自分の存在に気づかれたとしても、会話はせずに商品を物色しているふりをすればいい。所詮は薄っぺらい関係なのだから。
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