嘘と欲求
 書店の自動ドアを反応させた。害のない普通の客を装いながら伊織を探す。居場所さえ分かれば、そこを避けて店内を徘徊できる。書店であちこち頻繁に動き回ることはあまりないはずだ。

 一番確率の高い文庫売り場を見た。あれ、と思わず首を傾げた。正面にも棚の方にも、他の客の姿はあっても伊織の姿はなかった。

 どこにいるのだろうと次の候補を探しつつ歩みを進める。隣のコミック売り場を覗いてみる。伊織はいない。更に隣の売り場を覗いてみる。いた。伊織は通路の奥の方にいた。

 目を凝らす。学習参考書の売り場のようだ。勉強熱心な人だ。夏休みの間も、課題以外で自主的に勉強をするつもりなのだろうか。

 伊織の居場所を探し出した翔真は、気づかれる前に来た道を引き返した。学参売り場には近づかないようにし、ぶらぶらと店内を彷徨い歩く。

 ふと、意識が文庫売り場へ向いた。伊織の机を漁った時に発見した本の在庫はあるのだろうか。買うつもりはないが気になってしまい、あてもなくふらついていた翔真は文庫売り場に踏み込んだ。

 商品は著者名の五十音順に並んでいた。目的の本の著者は、あ、から始まる。すぐに見つけられた。在庫はあった。棚から抜き取り、表紙を眺める。血液のような色合いの文字と、大きな翼の生えた、頭部のない石像。

 翔真は本を裏返し、のろまなペースであらすじを読む。伊織の私物を探ったその日にタイトルで検索をかけて調べていたため、なんとなくの内容は把握していたが、改めて見てみてもやはり怖そうな本であった。

 予想していたホラーではなくミステリーのようで、それもかなりグロテスクな描写があるらしい。衝撃のミステリーと謳われてもいたが、翔真にとってはあらすじだけで既に衝撃的で、もうそれだけで十分だった。

 時間をかけてあらすじを読んでいると、視界の隅に人影が映り込んだ。見たい本を手に取るのに自分が邪魔になっているのかもしれないと思い、さりげなく横へずれつつ人影を一瞥する。
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