嘘と欲求

3

 天国から地獄へ落ちるのは一瞬だった。あれだけ垂涎していたいいねが、拡散が、今は翔真の命を奪うために撃ち込まれる弾丸のようで。集中砲火に震えが止まらなかった。

 顔の見えない人たちに四方八方から狙われる恐怖。不穏な煙が上がり始めてから数日経っても増え続ける数字。いらない。いらない。もういらない。叫んで願っても、一度ついた火は簡単には消えず、翔真を追い詰めるように燃え広がるばかりだった。

 伊織の犯罪者予備軍疑惑と翔真の盗撮写真疑惑がほぼ同時に浮上してから、刺激を求めるネット上の住民の餌食となり燃焼するのは早かった。

 バズが炎上に形を変え、翔真の上昇していた気分は急降下している。垂直に落下するジェットコースターに乗っているかのようだった。どこまでも落ちていき、いつまでも上昇する気配がない。

 家から一歩も出られず部屋に籠もり続ける翔真は、スマホ片手に縮こまっていた。何も手につけられない。何もできない。課題も、最近になって面白さに気づいた読書も。

 バズって調子に乗った勢いで買った文庫本は、机の上に放置したまま。翔真は緩慢な動作で手を伸ばし、本の表紙を開いた。開けば読む気になるかもしれない。暗転した心情から目を背けられるかもしれない。

 タイトルが目に入った。『殺』と見えて、ああ、と情けない声が漏れた。そうだ。買ったのは、伊織が面白いと言っていたシリアルキラー系の本だった。攻撃的な言葉が胸に突き刺さって抜けないでいる余裕のない精神状態では、この本を読むことはできそうにない。

 本に罪は全くないのに、タイトルの初っ端にある『殺』の字を視界に入れてしまったがために、勝手に精神的なダメージを受けてしまった。自分は顔のないのっぺらぼうみたいな誰かに殺されかけている。

 殺される。殺される。見えない誰かに殺される。殺されてしまう。情け容赦なく一方的に向けられる悪意は、得体の知れない化け物に迫られているかのように脅威そのものだった。
< 85 / 128 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop