至上最幸の恋
「あっ! 先に名乗らないなんて、失礼でしたわね」

 オレが逡巡していると、女は一歩下がって淑やかに(こうべ)を垂れた。レースのロングワンピースが、ふわりと揺れる。
 
「わたくし、エリサ・ラハティと申します。もうすぐ18歳になります。父はフィンランド人、母は日本人です」

 なるほど、そういうことか。言葉を発しなければ、日本にルーツがあるとは誰も思わないだろうな。

「父が日本で大学教授をしておりますので、生まれも育ちも日本なのですが、昨年からウィーンに来ております。すぐ近くの音楽大学でピアノを学んでいて、この公園にはよく息抜きに来るんです。あっ、実家は東京ですわ」

 すぐ近くの音楽大学といえば、かの有名な国立音楽大学のことだろう。170年以上前に創立された、世界最高峰の音楽大学‎と呼ばれている学校だ。
 そこに飛び級で留学するのだから、彼女はそれなりに才能があるピアニストなのかもしれない。

「えっと……好きな作曲家はフレデリック・ショパンとフランツ・リスト。あ、クロード・ドビュッシーも好きです。得意な曲は、パガニーニ大練習曲第3番とポロネーズ第6番変イ長調です。趣味は洋菓子を作ること。特に焼き菓子が得意ですわ。最近は、アイシングクッキーをよく作ります」

 オレが口を挟む暇もなく、エリサは滔々と話し続ける。
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