【完結】前世を思い出した瞬間、超絶好みの騎士様から求婚されましたが、とりあえず頷いてもいいかしら?

 囁きより少し大きい程度の声だ。絶対聞こえてないことを祈り、なんでもない顔で笑顔を作る。しかしそんなクラリスの前でバルトは片手で顔を覆い、長い溜息をついた。

(ああ、呆れられちゃった)

 聞こえていたのだと分かり羞恥で全身が熱くなるけれど、ここは頑張って、空耳ですよ作戦にしようと決意した。絶対相手にされない人に聞かれるなんて、さすがに恥ずかしすぎる。

 やがて気を取り直したように何度か咳払いしたバルトが、澄ました顔で執務室のドアを閉めた。窓を全開にしているにもかかわらず、心臓がドキドキしすぎて空気が薄くなった気がするけれど、クラリスはポーカーフェイスを続け、仕事をするつもりで机に向かったが――

「クラリス」
「はい?」

 椅子に座る前に肩をつかまれ、お仕事モードの顔で彼を見上げた。
 しかしバルトはその場で片膝をついてしまったのでギョッとする。

「えっ? バルトさん?」

 それはまるでいつかの再現のようで、クラリスは一歩後退った。

(また罰ゲーム?)

 そんな心の声が聞こえたのかバルトは少し眉を下げ、「今度は罰ゲームじゃないぞ」と、困ったように微笑んだ。

「本当は今夜する予定だったんだ」
「なに、を……」

 口の中がカラカラになり、クラリスの喉がこくりと鳴る。

(罰ゲームではないなら、本命への予行演習とか?)

 期待しそうになる心を叱責して、そんなことを考える。甘い夢はしょせん夢でしかないのだから。

 泣きそうになったクラリスの前で、バルトは束の間ためらった後再び立ち上がった。何かをやめてくれたのだと安堵した途端、彼はクラリスをひょいと横抱きにして窓際にあるソファにそのまま腰を下ろしてしまった。

 バルトの膝でオロオロするクラリスの頬に、彼の大きな掌が触れる。覗き込むように見つめられ、クラリスは睫毛を伏せた。

「クラリス」
「…………」

 仕事中とは違う甘い声で名前を呼ばれ、涙がぽろっと零れた。

「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ」

 涙でぬれたクラリスの頬に、バルトが唇を当てる。
 一度、二度と優しく触れられ目を開くと、顔を上げたバルトと目が合った。その眼に浮かぶクラリスへの想いを目にし、息が止まった。

「バルト、さん」

 手を伸ばして彼の頬に手を当てると、彼が目を閉じて軽く頬ずりするように頷いた。そして目を開けたバルトがクラリスの手をつかむと、こちらを見ながらその手にキスをする。ほとばしるほどの強い色気に眩暈がする。

「クラリス。好きだよ」

 ずっとずっと夢見ていた言葉に、クラリスの目からぽろぽろと涙がこぼれた。

「ずっと好きだった。君の隣に立つにはどうしたらいいのか、たくさん考えたんだ」

 バルトには継ぐべき家があった。
 しかし彼は弟に継いでほしいという願いがあったから、家を飛び出して騎士になったという。

 本気で結婚相手を探そうと思ってた時にクラリスに出会ったこと。
 伯爵令嬢だと知って、一度は身を引こうとしたこと。
 でも死にかけたことをきっかけに、どうしても諦められないと悟り、最善の道を探したこと。それをきっかけにクラリスの父親の罪を知り、悩みながらも断罪させたこと。
 そしてクラリスと共に働き、ようやく落ち着いた今夜、求婚をするつもりでいたという。

「これ以上引き延ばすと、しびれを切らした伯父上が、本気で縁談を持ってくるだろうからね」

 おどけて肩をすくめるバルトにクスクス笑う。
 実はクラリスの気持ちがわからず、ずっと不安だったのだと打ち明けられ、愛しさでいっぱいになった。地位狙いだと思われる可能性が高く、軽蔑されるかもしれないとも考えていたらしいのだ。

「侯爵様は、結婚を認めてくれると思いますか?」

 かすかに首をかしげてそう問うと、一瞬息をのんだバルトがにっこりと笑った。

「それは、俺を君の伴侶にしてくれるという意味かな?」
「バルトさん以外となんて結婚したくありません」

 きっぱり言い切ったあと、「私だって、ずっとずーっと、愛してたんです」と打ち明けた。バルトがほかの女性に求婚するつもりなのだと思い込み、それでも祝福するつもりでいたほど、彼の幸せを願っていた。

 改めて跪いたバルトは、緊張したように固い息を吐くとクラリスに指輪を差し出した。

「クラリス、愛してる。どうか俺と結婚してくれないだろうか」

 いつかのような求婚にクラリスはにっこりと笑った。もう二度と、莉子だったころに戻りたいとは思わないだろう。

「はい。喜んで」



 そうして超絶好みだった騎士様は、最愛の旦那様になった。

Fin
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