【完結】前世を思い出した瞬間、超絶好みの騎士様から求婚されましたが、とりあえず頷いてもいいかしら?

   ◆

 正式にエーテ伯になったクラリスは、侯爵の甥の力を借りて、少しずつ領地を運営していくことになった。多少なりとも社会人経験の記憶があってよかったと思う。

「バルトさん、こっちの資料についてなんですけど」

 そう。
 バルトはリベラ侯爵の弟の子で、れっきとした伯爵令息だった。
 もともと跡継ぎとしての教育も受けていたため、領地経営についても頼りになるのだが、執務室のバルトは大人すぎて、一歩引いた態度を崩さず、知らない人のようにも思えて寂しかった。

(助けてもらっているのに贅沢よね)

 それでも好きな人が元気で側にいる。
 期間限定であっても、気が狂いそうなほど好きな気持ちを懸命に抑え込んでいても、かけがえのない日々であることには間違いなかった。



 仕事三昧の日々が過ぎ、ようやくいろいろなことに慣れてきたころ、クラリスはもうすぐ二十歳になろうとしていた。
 バルトも落ち着いたのか、最近では以前のように世間話などをすることも多くなっている。さすがにキスはないけれど、穏やかで楽しい時間は増えた。

(前みたいに友達になってくれるのかな)

 とはいえ、バルトも三十を過ぎた。いつまでもここにいてくれることはないだろうし、結婚の話が出ているということも小耳にはさんだ。

(マルゴも結婚して子供も生まれるし、バルトさんも幸せになってもらわないとね)

 今のクラリスがいるのは間違いなく彼のおかげで、大事な恩人だ。

 だから、最近彼が落ち着かなげにソワソワしているのも、こっそりポケットに指輪の小箱を潜ませているのを知っても、泣きたいくらい苦しかったけれど、心から応援した。彼に求婚される女性のことが心の底から羨ましかったけど、同時に幸せになってほしいと強く思う。
 彼にはその価値があるから。

 クラリス自身は一生独身でもいいと思い始めていたし、いずれ養子をとって跡継ぎにするのもいいだろう。法律にちゃんと照らし合わせれば、きちんと道はあるのだ。

(お父様にだって、望みをかなえる方法はちゃんとあったのよ。私は後を継ぎたかったわけじゃないんだもの。お父様がきちんと勉強して、私ともちゃんと話をすれば、とても平和に解決したんだわ)

 法律に照らし合わせてその方法を見つけたとき、クラリスの中に湧いたのは猛烈なさみしさだった。

 その父は、去年牢獄で亡くなった。風邪をひいてから肺炎になり、驚くほどあっけなく逝ったらしい。
 継母は修道院に行き、妹はその近くの町で働いているそうだ。
 好きではなかったけど、二度と会わない人たちだ。元気に暮らして、自分たちがしたことを反省してくれたらいいと思う。


 一人になった執務室の窓から領地を眺め、クラリスは小さく息を吐いた。

「明日の準備もしなきゃなぁ」

 責任を感じているのか、年に数回様子を見に来るようになったリベラ侯爵からは、何度もいい婿を連れてきてやると言われている。いつも笑って辞退しているけれど、本気で話を持ってこられたら断れないことも分かっている。

「はあ。日本に帰りたい……」

 誰もいないことをいいことに、ポツンと弱音がこぼれた。
 莉子だったころに戻りたい。身分なんかない世界で、普通の女性として生きていたころが羨ましくて仕方がない。

(もしここが日本なら、私は会社を継いだばかりの社長令嬢みたいな感じかなぁ)

 会社で不慣れな自分を助けてくれる男性に恋をして、思い切って告白をする空想をしてみた。鍛えられてがっちりした体型のバルトは、スーツ姿もきっとかっこいいだろう。
 思い切って食事に誘うとか、頑張ってアプローチして、タイミングを計って告白をするのだ。

「バルトさん、好きです。――なんてね」

 頬杖をついて独り言ちると、後ろからドスンと何かを落とす音が聞こえて驚いた。振り返るとバルトが立っていて、唖然としたような顔をしている。

(うそでしょ。聞こえた? 聞こえてないよね?)
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