【番外編更新】虐げられた私の身代わり婚約、そして見つけた幸せ

幕間 エルシー

「お父様はどこにいらっしゃるのかしら?」

 エルシーは、挨拶に行くと告げて去っていった父を探していた。
 先程国宝鏡が給仕に盗まれた、と呼びかけがあり、広間内全ての扉と窓を施錠されていた。彼女はその時一緒にいた令嬢達と別れを告げ、一人彷徨う。その後父が見つかる前に「国宝鏡を盗難した男は取り押さえた」と皇帝陛下から報告があり、会場は安堵に包まれている。
 その証拠に、先程皇太子殿下が取り戻した国宝鏡を掲げると、皇太子殿下の血に反応したのか……陛下の時と同様に淡く光っていた。皆は本物だと胸を撫で下ろしたのを見たからだろうか、現在は皇太子殿下が直々宝物庫へと納めに向かっているそうだ。
 
 このような事件に遭遇し、緊張の糸が切れたのだろうか……参加者たちには疲れが見える。そろそろ帰宅しようかと考えている者もいたらしく、彼らは扉へと向かう。しかし扉は開かないままだ。
 その光景を見た者達は「何故扉が開かないのか」「帰れないの?」と次々に声が上がる。エルシーも「お父様を見つけて帰りたいわ……」と呟いたその時。

 国宝鏡を返却していた皇太子殿下が指定の席へと座る。同時に皇帝陛下が立ち上がった。
 参加者達は声を出さずに、顔を見合わせる。陛下がパーティで立ち上がるのは、最初の挨拶とダンス、そして何かしらの発表がある場合だ……。全員が陛下の行動に息を呑む。

「皆の者、今日は発表がある」

 まるで事件など無かったように平然と振る舞う陛下に、参加者達は目を見張る。それに普段何らかの報告をする際は、ダンスの前に行うのが定例なのだが……。
 何事だろうか、と貴族達は陛下の言葉に耳を傾けた。

「我が国の国境の守護者として、先の戦争でも活躍したガメス公爵家であるが、この度代替わりをした。レオネル・ガメス……彼がエドワードを襲名し、レオネル・エドワード・ガメス公爵となった。また、公爵は王国と結んだ条約によって、デヴァイン王国のホイートストン公爵家の次女であるブレンダ・ホイートストン公爵令嬢と婚約する運びとなった」

 陛下の言葉に参加者の反応は様々だ。驚きを隠せない者もいれば、予想していたのか表情が変わらない者、そしてこれは令嬢に多いのだが……レオネルに婚約者ができたことで悔しがっている者……ちなみにエルシーはいずれでもない。

 彼女は父の言葉を信じているのだ。「必ずガメス公爵夫人にしてやる」という言葉を。それが何を指すのかを知らないで。

 ――だが、それは叶わない。

 高段にいる陛下が後方の扉を一瞥する。するとそこから入室してきたのは、レオネルとブレンダだった。二人は腕を組んでゆったりと歩いている。まるで長年連れ添った夫婦のよう……という言葉がエルシーの頭をよぎる。そんな馬鹿げた考えを、頭から追い出すために首を横に振った。
 しかし、周囲の反応はエルシーと似たようなものだ。
 
「お二人が並ぶとまるで絵画のようね」
「正直、王国の令嬢が帝国へと嫁げるのだろうか……と心配していたが、仲睦まじいようで何よりだ」

 二人の婚約は皇帝の命なのだ。内心ではどう思っているか分からないが、表面上出てくる言葉は賞賛ばかりだ。エルシーは「私の方がお似合いなのに……」と内心思いながら、地団駄を踏みそうになった。
 その時、ガメス公爵が一歩踏み出し、公爵就任の言葉を述べる。その言葉に聞き惚れていた後、ブレンダの名前が呼ばれた。

「婚約者のブレンダ嬢だ」
「皆様、若輩者でございますが何卒、よろしくお願いいたします」

 まるで鳥の囀りのような……美しく透き通った声。貴族達は噂とは違う彼女の姿に戸惑いを隠せなかった。
 そんな空気を感じながら、彼女は周囲の者達に向けて花が綻ぶような笑みをたたえる。彼女の笑みは男性だけでなく、女性までも虜にしてしまうほど魅力に溢れていた。
 エルシーも彼女の微笑みに目を奪われた。その事実に唖然とする。

 公爵の隣にいる彼女は、全員が呼吸を忘れるほどの綺麗な礼を執った後、右手で何かを投げるような仕草をとった。すると天井から白い何かが緩やかに揺れながら降りてくる。その数は数え切れないほど。

「アイリス?」

 静寂が支配する会場に響く声。その声に同意するように皆が声を上げる。
 アイリスは帝国の紋章に使われている花……帝国貴族全員が見慣れている花だったから気がついたのだろう。不可思議な光景にこの場にいる者達は、これが彼女の魔法であることを理解する。
 声を出せない、魔法が使えない、すぐに王国へ戻るのではないか――そう、影で彼女を嘲笑っていた貴族達の顔から血の気が引いていく。

 ふわふわと空で揺れていた花は彼女の周りを取り囲み、いつの間にか彼女の姿を隠していた。何が始まるのか、と注目する参加者達。しばらくすると、アイリスのような淡く白い光が彼女を覆い――。

 現れたのは黒髪の美しい女性だった。
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