『沈黙のプリズム ―四人の約束―』
第20章「沈黙の旅路」
列車の窓から見える景色が、
ゆっくりと変わっていく。
東京の高層ビル群が遠ざかり、
やがて広がるのは、
淡い緑の丘と、菜の花の咲く畦道。
瑠奈は、座席に身を預けながら、
耳元で小さく鳴るレールの音を聞いていた。
カタン、カタン――
その規則的な音が、まるで心の鼓動のように静かに響く。
(ここまで来たのは、逃げるためじゃない。
立ち止まるため――だ)
窓の外に、故郷の駅の名が見えた。
小さな町の空気は、懐かしい香りがした。
駅の改札を抜けると、
木造の古い駅舎の屋根から燕が飛び立っていく。
母が迎えに来ていた。
「瑠奈……」
「お母さん」
短い言葉だけで、涙がにじんだ。
家に着くと、
祖母の形見の茶器で淹れた温かい紅茶の香りが広がる。
窓から差し込む午後の日差しが、
床に淡い影を描いていた。
「大変だったね」
母はそれ以上何も聞かなかった。
ただ、そっと肩に手を置いた。
その沈黙が、都会の喧騒の中で忘れかけていた“優しさ”の形に思えた。
数日が過ぎた。
朝は庭の手入れ、昼は近くの図書館で本を読む。
夕方になると、丘の上の公園まで歩くのが日課になった。
ベンチに座ると、
遠くの田畑の向こうで、風が稲を撫でている。
「……静かだな」
自分の声が、やけに小さく響いた。
誰もいない場所で、ようやく声を出せるようになった気がした。
ふと、鞄の中から一通の封筒を取り出す。
例の“沈黙の手紙”。
黄ばんだ紙の端を撫でながら、
小さく呟いた。
「ねえ、悠真くん。
あの時、私が黙っていたのは、
あなたを信じたかったからなんです。
でも――信じるって、黙ることじゃなかったんですね」
風が頬を撫でた。
便箋がふわりと揺れ、光を透かした。
瑠奈は静かに笑った。
夜。
母が用意した夕食を終え、
縁側に出る。
蛍がひとつ、暗闇に光を描いた。
「……私、もう一度、あの人に会いたい」
初めて、はっきり声に出した。
その瞬間、胸の奥で何かがほどける音がした。
(もう逃げない。
今度こそ、沈黙じゃなく、言葉で伝えよう)
遠くで電車の音が聞こえる。
夜の空気が少しだけ暖かくなった気がした。
翌朝。
目を覚ますと、
机の上に母が置いた一枚の新聞。
その隅に、小さな記事があった。
“一条グループ常務、一部報道を否定。
『誤解を生んだ責任は自分にある。
彼女を巻き込んだことを心から後悔している』”
指が止まる。
(……彼女、って、私?)
その行間にある言葉が、
まるで彼の声のように聞こえた。
瑠奈は、窓の外を見つめた。
朝の光がまぶしかった。
「今度は、私の番ですね」
そう呟いて、
便箋を新しく取り出した。
“沈黙の手紙”とは違う、
真っ白な新しい紙。
ペン先が、かすかに震える。
『一条悠真様――』
静かな朝の空気に、
小鳥の声が重なった。
それはまるで、
新しい旅立ちの合図のように響いた。
ゆっくりと変わっていく。
東京の高層ビル群が遠ざかり、
やがて広がるのは、
淡い緑の丘と、菜の花の咲く畦道。
瑠奈は、座席に身を預けながら、
耳元で小さく鳴るレールの音を聞いていた。
カタン、カタン――
その規則的な音が、まるで心の鼓動のように静かに響く。
(ここまで来たのは、逃げるためじゃない。
立ち止まるため――だ)
窓の外に、故郷の駅の名が見えた。
小さな町の空気は、懐かしい香りがした。
駅の改札を抜けると、
木造の古い駅舎の屋根から燕が飛び立っていく。
母が迎えに来ていた。
「瑠奈……」
「お母さん」
短い言葉だけで、涙がにじんだ。
家に着くと、
祖母の形見の茶器で淹れた温かい紅茶の香りが広がる。
窓から差し込む午後の日差しが、
床に淡い影を描いていた。
「大変だったね」
母はそれ以上何も聞かなかった。
ただ、そっと肩に手を置いた。
その沈黙が、都会の喧騒の中で忘れかけていた“優しさ”の形に思えた。
数日が過ぎた。
朝は庭の手入れ、昼は近くの図書館で本を読む。
夕方になると、丘の上の公園まで歩くのが日課になった。
ベンチに座ると、
遠くの田畑の向こうで、風が稲を撫でている。
「……静かだな」
自分の声が、やけに小さく響いた。
誰もいない場所で、ようやく声を出せるようになった気がした。
ふと、鞄の中から一通の封筒を取り出す。
例の“沈黙の手紙”。
黄ばんだ紙の端を撫でながら、
小さく呟いた。
「ねえ、悠真くん。
あの時、私が黙っていたのは、
あなたを信じたかったからなんです。
でも――信じるって、黙ることじゃなかったんですね」
風が頬を撫でた。
便箋がふわりと揺れ、光を透かした。
瑠奈は静かに笑った。
夜。
母が用意した夕食を終え、
縁側に出る。
蛍がひとつ、暗闇に光を描いた。
「……私、もう一度、あの人に会いたい」
初めて、はっきり声に出した。
その瞬間、胸の奥で何かがほどける音がした。
(もう逃げない。
今度こそ、沈黙じゃなく、言葉で伝えよう)
遠くで電車の音が聞こえる。
夜の空気が少しだけ暖かくなった気がした。
翌朝。
目を覚ますと、
机の上に母が置いた一枚の新聞。
その隅に、小さな記事があった。
“一条グループ常務、一部報道を否定。
『誤解を生んだ責任は自分にある。
彼女を巻き込んだことを心から後悔している』”
指が止まる。
(……彼女、って、私?)
その行間にある言葉が、
まるで彼の声のように聞こえた。
瑠奈は、窓の外を見つめた。
朝の光がまぶしかった。
「今度は、私の番ですね」
そう呟いて、
便箋を新しく取り出した。
“沈黙の手紙”とは違う、
真っ白な新しい紙。
ペン先が、かすかに震える。
『一条悠真様――』
静かな朝の空気に、
小鳥の声が重なった。
それはまるで、
新しい旅立ちの合図のように響いた。