『沈黙のプリズム ―四人の約束―』
第25章「噂の残響」(麗華視点)
朝の社内は、いつもと変わらぬざわめきに満ちていた。
パソコンの起動音、電話のベル、
そして、人々が交わす何気ない挨拶。
だが――その中に、自分の名が混ざるたび、
来栖麗華は、無意識にペンの先を強く握っていた。
「……聞いた? 桐山主任、復帰したんですって」
「また常務と一緒に仕事してるらしいわよ」
その言葉の破片が、背中に突き刺さるように聞こえる。
(やっぱり、そうなるのね……)
机の上に置かれたスマートフォンが光る。
ニュースアプリの通知には、
――《一条グループ、新プロジェクト始動》
という見出し。
記事の写真には、
笑顔で並ぶ悠真と瑠奈の姿があった。
麗華は、手にしていたコーヒーカップをそっと置いた。
小さな音が、静かな執務室に響く。
(彼の隣にいるのは、私ではないのね)
昔からわかっていた。
彼の視線が自分を通り越して、
誰かを探していることくらい――。
それでも、“諦める”という言葉だけは、
最後まで飲み込めなかった。
「麗華さん?」
部下の声に、彼女は微笑をつくった。
「ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
「昨日の会議、すごかったですね。一条常務、桐山主任と息がぴったりで」
その言葉に、胸の奥がわずかに疼く。
「そうね……あの二人は、よく噛み合うもの」
「やっぱり、お似合いですよね」
笑顔を保ったまま、
麗華は指先で紙の端を掴み、破れそうになるほど強く押さえた。
会議室の窓から見える街並みは、朝の光にきらめいている。
かつて自分が立っていたはずの“隣”が、
もう二度と戻らない場所になっていることを、
理屈ではなく、痛みで理解する。
(でも――終わりじゃない。
私が沈黙している限り、
あの人たちの未来はまだ“噂”の中にある)
彼女は、ゆっくりとペンを走らせた。
《市場調査報告書/対外評価動向》――
その資料の下書き欄に、小さくメモを残す。
“広報対応:過去記事に関するフォローアップ提案”
その提案が、後にどんな波紋を生むのか。
彼女自身にも、まだ分からない。
ただ、心のどこかに――
“噂”という名の静かな刃をもう一度握りしめた感覚があった。
昼休み、屋上のベンチ。
冷たい風が頬を撫でる。
空は晴れているのに、どこか遠く霞んで見えた。
(瑠奈さん……)
心の中で、その名前を呟く。
嫉妬と憧れが混じった、不思議な響き。
「あなたのようには、なれない」
「でも――だからこそ、見届ける」
彼女は唇をかすかに噛み、
眼下に広がる街を見下ろした。
まるで、風の中にまだ消えきらない“噂”が漂っているように感じた。
“沈黙が終わっても、人の心までは静まらない。”
誰の言葉でもない、
けれど、その一文が頭の中に残った。
麗華は立ち上がる。
長い髪を束ね、表情を整える。
午後の会議が待っている。
「……まだ、終わらせない」
その声は、誰にも聞かれないほど小さく、
しかし確かに彼女自身の心を貫いていた。
パソコンの起動音、電話のベル、
そして、人々が交わす何気ない挨拶。
だが――その中に、自分の名が混ざるたび、
来栖麗華は、無意識にペンの先を強く握っていた。
「……聞いた? 桐山主任、復帰したんですって」
「また常務と一緒に仕事してるらしいわよ」
その言葉の破片が、背中に突き刺さるように聞こえる。
(やっぱり、そうなるのね……)
机の上に置かれたスマートフォンが光る。
ニュースアプリの通知には、
――《一条グループ、新プロジェクト始動》
という見出し。
記事の写真には、
笑顔で並ぶ悠真と瑠奈の姿があった。
麗華は、手にしていたコーヒーカップをそっと置いた。
小さな音が、静かな執務室に響く。
(彼の隣にいるのは、私ではないのね)
昔からわかっていた。
彼の視線が自分を通り越して、
誰かを探していることくらい――。
それでも、“諦める”という言葉だけは、
最後まで飲み込めなかった。
「麗華さん?」
部下の声に、彼女は微笑をつくった。
「ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
「昨日の会議、すごかったですね。一条常務、桐山主任と息がぴったりで」
その言葉に、胸の奥がわずかに疼く。
「そうね……あの二人は、よく噛み合うもの」
「やっぱり、お似合いですよね」
笑顔を保ったまま、
麗華は指先で紙の端を掴み、破れそうになるほど強く押さえた。
会議室の窓から見える街並みは、朝の光にきらめいている。
かつて自分が立っていたはずの“隣”が、
もう二度と戻らない場所になっていることを、
理屈ではなく、痛みで理解する。
(でも――終わりじゃない。
私が沈黙している限り、
あの人たちの未来はまだ“噂”の中にある)
彼女は、ゆっくりとペンを走らせた。
《市場調査報告書/対外評価動向》――
その資料の下書き欄に、小さくメモを残す。
“広報対応:過去記事に関するフォローアップ提案”
その提案が、後にどんな波紋を生むのか。
彼女自身にも、まだ分からない。
ただ、心のどこかに――
“噂”という名の静かな刃をもう一度握りしめた感覚があった。
昼休み、屋上のベンチ。
冷たい風が頬を撫でる。
空は晴れているのに、どこか遠く霞んで見えた。
(瑠奈さん……)
心の中で、その名前を呟く。
嫉妬と憧れが混じった、不思議な響き。
「あなたのようには、なれない」
「でも――だからこそ、見届ける」
彼女は唇をかすかに噛み、
眼下に広がる街を見下ろした。
まるで、風の中にまだ消えきらない“噂”が漂っているように感じた。
“沈黙が終わっても、人の心までは静まらない。”
誰の言葉でもない、
けれど、その一文が頭の中に残った。
麗華は立ち上がる。
長い髪を束ね、表情を整える。
午後の会議が待っている。
「……まだ、終わらせない」
その声は、誰にも聞かれないほど小さく、
しかし確かに彼女自身の心を貫いていた。