側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
 彼は部屋を出て行こうとした。

 イリアはなりふりかまってはいられなかった。

 リゼットの叱責、エルザの嘲笑。そういうものを恐れるよりも先に、どういうわけか、フェイランを放っておけなかった。

「待ってくださいっ。どうか……どうか、陛下と同じ時を過ごさせてください」
「同じ時を、か」
「はい。陛下のことをもっと知りたいのです。これからずっと、お支えするべく……」

 ずいぶんと、ずうずうしい申し出をしてしまった。いずれは離縁するのだがら、情など必要ないのに。

 後悔で押しつぶされそうになっていると、フェイランがほんの少し笑ったような気がした。

「あなたの期待に応えることはないが、あなたにはあなたの矜持があるのだろう。それを守るのも、私の役目ではあるのかもしれない」
「では……」
「こちらで休むがいい。今夜は特に冷える」

 そう告げると、フェイランは部屋の奥へと向かった。イリアはあわててあとを追う。

 金糸の刺繍が鮮やかな布の垂れ下がるベッドの前で、フェイランは静かにローブを脱ぐ。彼がベッドに横たえると、イリアも震える指でローブのひもをほどいた。薄布一枚の身が、夜気にさらされてぞくりと震えた。

 ぬくもりを求めるようにベッドにもぐり込むが、フェイランはこちらに背を向けたまま、微動だにしない。

 手を伸ばせば届く距離なのに、彼の気配は遠く、深い霧の向こうにいるようだった。

 イリアはためらいながらも、少しだけ身を寄せてみた。

 ほんの一瞬、彼の背中にほおが触れた。驚くほどあたたかかった。

「……私が、面倒ではないのか」

 フェイランはわずかに息を吐いた。

「お優しい方で……安心しています」

 自分でも、なぜそんな言葉が出たのかわからなかった。

 今日一日、慣れない王宮で気を張っていた。それがようやく、気を許してほっとひと息つけるような、そんなあたたかな夫のそばにいられる時間が、イリアの心をなぐさめたのだろう。

 フェイランは黙ったままだった。

 しかし、彼もすぐに寝入ったようだった。静かな呼吸の音が、ゆっくりと夜の静寂に溶けていく。イリアもまた、そっとまぶたを閉じた。
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