側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
「夜分に来るものではない」

 フェイランは小さな息を一つついた。

 恐ろしく機嫌を悪くしたようではなかった。イリアはほっと息をつく。優しい人ではあるのかもしれない。

「……申し訳ございません。ですが、私には私の務めがございます」
「あいにく、私に世継ぎはいらぬのだ」
「え……?」

 イリアはぽかんとしたが、すぐにハッと口を閉じて、目を伏せた。

(いま、なんて言ったのかしら。……世継ぎはいらないって、聞こえた気がしたけれど)

「臣下たちは勝手に騒ぎ立てているが、私亡き後、この国をどう導いていくかはすでに考えてある」

 フェイランが近づいてきて、肩に触れてくる。びくりと顔をあげると、彼は目をのぞき込んできた。

 無気力な瞳はかすみがかっているが、それさえ取り払えば、どこまでも無垢な色をしているように見える。

 そこに、エストレアの未来を考えない薄情さはない。肩に触れる指先は決して病弱ではなく、深夜に寝室を訪れたイリアをめんどくさがる怠惰さもない。

(この人は……何かに傷ついてるのかしら)

 それは直感でしかなかったが、イリアは急速に、フェイランという男への興味が向いた。

「部屋へ戻りなさい。そしてもう二度と、私の前へ姿を見せてはいけない」
「私に……どうしろと?」

 頼れるもののいない王宮で、どう暮らしていけというのか。

「王都のはずれに、屋敷を建てさせよう。静かな場所だ。自然豊かな伯爵領で育ったあなたなら、きっと気に入るであろう」

 イリアは思わず、彼にすがりつくように手に触れた。

 理解が追いつかない。

 リゼットは、世継ぎを産んだら離縁だと言った。それすらかなわないなら、王都のはずれでただひとり、死ぬまでひっそりと暮らせというのか。

 どんなに立派な屋敷を与えられたとしても、そんな日々は何ひとつ望んではいなかった。

「なぜ……ですか。私は陛下の妃として、仕えるためにここへ来たのです。なのに、なぜ、そんな……」

 フェイランは視線をそらした。

 月光が彼の横顔を淡く照らす。まるで、遠い過去を見ているように、希薄だった。つかみどころがなく、イリアをやきもきした気分にさせる。

「……それが、あなたにとって一番平穏だからだ」
「平穏……?」
「王宮は、静かに暮らすことを許さない場所だ。あなたはそれを、まだ知らないだろう」

 その声には疲労がにじんでいた。何を話しても無駄だ。彼はすでにあきらめている。

「私は……、そんなにも頼りなく見えますか?」
「このような王に仕えたいというのだから、哀れな娘だとは思う」
「そう思うのでしたら、朝までここにいさせてください」

 力強く胸に手をあてると、フェイランは少々驚いたように一度だけまばたきをし、背を向けた。

「好きにしなさい。私は別の部屋で休むとしよう」
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