側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
 フェイランは戸惑いを浮かべた顔で、イリアの肩に触れた。

 もしかしたら、務めを果たしたいと告げたら、彼はそのようにしてくれるかもしれない。結婚請願書を書く気になったのは、そのつもりがあるからだろう。そして、イリアを離縁という形で解放する気なのだ。

「こうして毎晩訪ねるのは、重荷でしたか……?」

 フェイランは黙っていた。肯定を恐れているのだろう。

 イリアは思い切って口を開いた。

「……リゼット様とお子をもうけられた方が、よいのではありませんか」

 その言葉は自身を傷つけた。胸がぎゅっと苦しくなり、嫌だ嫌だと叫び出しそうだった。

「イリア……」

 フェイランは初めてイリアの名を呼んだ。

 戸惑うイリアの顔をのぞき込み、片腕で彼女の背中を抱き寄せる。

 思いのほか、たくましい腕に驚いた。

 剣よりも筆を好む王。

 そう聞かされていたが、フェイランはひそかに鍛えているのではないか。そう感じられるほどに、胸板も硬くて厚みがあった。

「それは……できない」
「どうして……」

 次第に昇る朝日が、彼の顔をくっきりと照らし出す。なぜか、彼は絶望に似た表情をしていた。

「リゼットは、兄の婚約者だった」
「ウルリック殿下の……?」

 イリアは衝撃を受け、まばたきを忘れた。

「そうだ。兄が亡くなったあと、アクトン公爵は王家との結びつきを得るために、私に彼女を娶らせた。……だが、彼女の心は、ずっと兄のもとにある」
「だから……」

 リゼットはフェイランとは別の塔に暮らしているのか。もしかしたら、結婚後、一度もふたりは同じ夜を過ごしたことがないのかもしれない。

 フェイランはまぶたを伏せ、かすかな笑みを浮かべる。

「私は、兄の代わりに王となった。だが、リゼットにとって、私の存在は何のなぐさめにもならない」

 その表情は、まるで自分の存在そのものを責めているようだった。

 消えてしまいそうなほどに傷ついた彼のほおに伸ばしかけた手を、イリアは引っ込めた。

 彼を深く知らない自分では、どんな行動もなぐさめにはならない。ただ、その孤独を見ていられず、イリアは強く引き寄せてくる彼の腕の中で、静かに息をこらえるしかなかった。
< 15 / 19 >

この作品をシェア

pagetop