リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
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 両家の婚姻が決まったのは、ベンジャミンが十五歳、リシェルが十二歳の時のこと。
 当時ギルバート公爵領で生産している、身につけた者の魔力を保持する特殊な植物レニンの改良に伴い、シルクに近い繊維の細さまで引き延ばして作り出した布が王家に賞賛され、軌道に乗り始めた頃だった。
 それをどこよりも先に嗅ぎつけたのは、ベッカー家の当主を受け継いだばかりのフランクだ。彼の話を聞いて、双方に利益があるとして子ども同士を婚約させることになった。

(父も母も口うるさい……僕が何をしたというんだ。勝手に婚約なんて決めるなんて、古臭い!)

 次期当主として厳しく躾けられてきたベンジャミンは、自分を褒めてくれる者なら誰でもよかった。
 しかし、両親を亡くしたばかりのリシェルはふさぎ込んでいて笑顔を失くしていた。まるで氷のような冷たい表情に、ベンジャミンは心底がっかりした。顔は整っているが、どうせなら愛想がよい女がいい。

(こいつ、気に入らない)

 ベンジャミンの直感は当たりだった。
 当時からリシェルの知能の高さと判断力はずば抜けていた。足繁く通う図書館で大昔の文献を漁り、魔草に興味を持つと無我夢中になって調べ、自ら研究をし、五年後についに特殊な魔草であるソクラ草の栽培方法を確立させた。
 ソクラ草とは、大昔からアルカディアに自生していた薬草の一種で、あらゆる痛みに効果があると言われている。しかし、時を重ねるごとに環境が変わっていき、今では絶滅危惧植物として取り扱われていた。一番の要因は、この植物は温度と湿度に非常に敏感であり、王都近くで栽培するために必要な膨大な土地と適切な環境を整えるだけで、最短でも数十年はかかると学者の間でも頭を悩ませていた。

 そこで、リシェルはハウス栽培という、アルカディアではまだ未知の方法を提案した。
 隣国のグランヴィルで作られた魔道具の使用し、室温を一定に保つ方法だと説明するも、「こんなおもちゃに頼らなくても」と魔道具自体を下に見ていた周囲は一蹴したが、すぐに適切な温度管理と結果に目から鱗だった。
 以来、両国は交換留学を行うなどの親交を深めることを決め、お互いの国を大きくすべく協力し、友好な関係を保ってきた。
 国と国を繋げた第一人者――それが自分の婚約者であることが、ベンジャミンは面白くなかった。
 司書になるのを勧めたのは、嫌がらせも同然だった。貴族の女に仕事が務まるわけがない。ベンジャミンの提案に驚いた様子のリシェルは、花が開いたかのように微笑む。

『ベンジャミン様にいただいた勉強の時間を、いずれ公爵家の発展に捧げられるよう頑張ります。あなたと、領民のために』
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