リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
『――ハンクが、死んだ?』

 グランヴィルでの商談と招待された夜会を終え、妻のオリビアとともに帰路に着いた際、国境付近の崖から馬車ごと落ちる大事故に遭い、即死だったという。
 数年ぶりに送られてきた父からの手紙に、フランクは思わず舌を巻いた。
 この時、父親は当主の座をハンクに渡して引退していたのだ。再び伯爵家当主になるには年齢的にも厳しいものがある。当主が不在の今、ベッカー伯爵家が取引をしている商会は途方に暮れるだろう。

(元はと言えば、俺が拝命されるはずだった伯爵の座……ここで証明しよう。弟よりも自分が正しかったことを、周囲に知らしめてやる!)

 思い立ったが吉日。フランクはエミリを連れてベッカー邸へ戻ると、消沈した両親と静かに本を読む姪がリビングにいた。
 エミリが興味本位で姪に話しかけて夢中になっている間、両親にあとは自分にすべて任せるように言い包めた。商談に長け、魔法の効力もあって言葉巧みに丸め込むのは、フランクにとって容易なことだった。

『伯父様が、ベッカー伯爵家を守っていくのですか?』

 すると、エミリと話していた姪のリシェルがやってきた。両親の死を悲しみ、今もまだ目を腫らしていたが、不安げな様子は一切見せず、はっきりとした口調で問う姿には、少しばかり不気味さを覚えた。
 フランクはリシェルと同じ目線になるように身を屈めた。

『リシェル、今日から私がこの家の当主となる。互いに手を取り合い、ベッカー伯爵家を守っていこう』
『……わかりました』

 母親であるオリビアの緑色の瞳を受け継いだそれは、どこか影のある色を浮かべていた。
 フランクはオリビアを普段からどこか抜けた雰囲気を保ったお人好しな女性だと思っていたが、時に彼女はハンクよりも冷静で聡明であった。
 もし今もなお存命していたのなら、近い将来、二人で任された領地を拡大し、公爵の座を拝命できたかもしれない。
 そして何より、リシェルの瞳からにじむ意志の強さは、ハンクの眼差しそのものだ。

(気に入らない。正しさを求めてくるハンクと同じ目が、忌々しい!)

 十一歳の小娘にそんな嫉妬が生まれるくらい、フランクは闘争心を奮い立たせていた。
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