リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
◇
グランヴィルとの国境近くにある教会は、事故現場からほど近い場所にあった。
フランクは降り立って辺りを見回す。確か、ハンクとオリビアの遺体を管理してもらっていたのも同じ教会だったか。
すると、後方に続いていたギルバート公爵家の馬車も停まり、中からベンジャミンが降りてきた。社交界では美男子と高い評価を受けているが、彼もまた、「品質を保つ魔法」によって外面を埋めている。一週間も馬車の移動で疲れているはずなのに、彼の肌艶の美しさは保たれたままだ。
元婚約者が死んだと焦った様子で駆け寄ってくるベンジャミンがなんだかおかしくて、思わず吹き出しそうになる。
「伯爵、お待たせいたしました。それでリシェルは?」
「今、家令に確認をさせている。……エミリは一緒ではないのか」
「ええ。さすがに、身重の彼女を連れてくるわけにはいきません」
エミリがベンジャミンの子を身籠ったと聞いた時は驚いたと同時に納得した。彼女の母親も、同じように一時の過ちで身籠ったのだから。
「旦那様、お待たせいたしました」
そこへ、先に教会に話をしてきた家令が男を連れて戻ってきた。黒髪にモノクルの向こう側には朝焼けのようなオレンジがかった瞳。ジャケットの外襟に付けたラペルピンから、アルカディアの文官であることに気付く。
「お待ちしておりました。ルーカス王太子の命により、テオ・グランドがアルカディアまで同行いたします」
「王太子殿下が……? なぜ一貴族の娘のためだけに……?」
「おや、ご存じありませんか? ルーカス殿下とリシェル嬢がご学友であることを」
「滅相もない。二人が学生時代、互いに切磋琢磨し、学園内でも優秀な成績を収めたことはもちろん存じております。しかし、ここまで手厚くされる理由に心当たりがありません」
「彼女はギルバート領でのソクラ草の栽培だけでなく、レニンの商品化に大きく貢献した貴重な人物です。国王陛下も随分と期待されておりましたし、気に掛けるのは当然かと」
ああ、そういうことか。フランクは嫌々ながらも腑に落ちた。
絶滅危惧種だったソクラ草だけでなく、ギルバート領で生産されているレニンを効率よく生産し、レーン工場を導入して糸や布などに加工、さらに商会だけでなく他国への販売までこぎつけたのも、リシェルの知恵があってこそだった。
そのおこぼれをもらうフランクやベンジャミン程度では、王家に認知されるはずがない。
それはベンジャミンも感じたようで、悔しそうに唇を小さく噛んでいるのが見えた。
「わかりました。ひとまず、姪と会ってもよろしいか? ギルバート公爵家のご令息も、ここまで心配で仕方がなかったようだ」
「……承知いたしました。ですが、事前にお伝えした通り、ご令嬢のお身体はエンバーミングを施したとはいえ、かなり激しく損傷されています。それでも対面されますか?」
テオと名乗った文官の言葉にふと、五年前の記憶が頭をよぎる。
あの時は父親とともにハンクとオリビアの遺体を引き取りに行った。妻を守ろうと覆いかぶさるようにして見つかったハンクの身体は、目も当てられないほど酷いもので、鉄や焦げた匂いが入り混じった死の香りも、顔が半分も潰れていた姿も、昨日のことのように思い出せる。弟には苛立ちしか感じていなかったフランクも、あの瞬間だけは弟の死を喜ぶことはできなかった。
グランヴィルとの国境近くにある教会は、事故現場からほど近い場所にあった。
フランクは降り立って辺りを見回す。確か、ハンクとオリビアの遺体を管理してもらっていたのも同じ教会だったか。
すると、後方に続いていたギルバート公爵家の馬車も停まり、中からベンジャミンが降りてきた。社交界では美男子と高い評価を受けているが、彼もまた、「品質を保つ魔法」によって外面を埋めている。一週間も馬車の移動で疲れているはずなのに、彼の肌艶の美しさは保たれたままだ。
元婚約者が死んだと焦った様子で駆け寄ってくるベンジャミンがなんだかおかしくて、思わず吹き出しそうになる。
「伯爵、お待たせいたしました。それでリシェルは?」
「今、家令に確認をさせている。……エミリは一緒ではないのか」
「ええ。さすがに、身重の彼女を連れてくるわけにはいきません」
エミリがベンジャミンの子を身籠ったと聞いた時は驚いたと同時に納得した。彼女の母親も、同じように一時の過ちで身籠ったのだから。
「旦那様、お待たせいたしました」
そこへ、先に教会に話をしてきた家令が男を連れて戻ってきた。黒髪にモノクルの向こう側には朝焼けのようなオレンジがかった瞳。ジャケットの外襟に付けたラペルピンから、アルカディアの文官であることに気付く。
「お待ちしておりました。ルーカス王太子の命により、テオ・グランドがアルカディアまで同行いたします」
「王太子殿下が……? なぜ一貴族の娘のためだけに……?」
「おや、ご存じありませんか? ルーカス殿下とリシェル嬢がご学友であることを」
「滅相もない。二人が学生時代、互いに切磋琢磨し、学園内でも優秀な成績を収めたことはもちろん存じております。しかし、ここまで手厚くされる理由に心当たりがありません」
「彼女はギルバート領でのソクラ草の栽培だけでなく、レニンの商品化に大きく貢献した貴重な人物です。国王陛下も随分と期待されておりましたし、気に掛けるのは当然かと」
ああ、そういうことか。フランクは嫌々ながらも腑に落ちた。
絶滅危惧種だったソクラ草だけでなく、ギルバート領で生産されているレニンを効率よく生産し、レーン工場を導入して糸や布などに加工、さらに商会だけでなく他国への販売までこぎつけたのも、リシェルの知恵があってこそだった。
そのおこぼれをもらうフランクやベンジャミン程度では、王家に認知されるはずがない。
それはベンジャミンも感じたようで、悔しそうに唇を小さく噛んでいるのが見えた。
「わかりました。ひとまず、姪と会ってもよろしいか? ギルバート公爵家のご令息も、ここまで心配で仕方がなかったようだ」
「……承知いたしました。ですが、事前にお伝えした通り、ご令嬢のお身体はエンバーミングを施したとはいえ、かなり激しく損傷されています。それでも対面されますか?」
テオと名乗った文官の言葉にふと、五年前の記憶が頭をよぎる。
あの時は父親とともにハンクとオリビアの遺体を引き取りに行った。妻を守ろうと覆いかぶさるようにして見つかったハンクの身体は、目も当てられないほど酷いもので、鉄や焦げた匂いが入り混じった死の香りも、顔が半分も潰れていた姿も、昨日のことのように思い出せる。弟には苛立ちしか感じていなかったフランクも、あの瞬間だけは弟の死を喜ぶことはできなかった。