リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
◇◇◇
――葬儀当日。きっかけはとある老人の一言だった。
棺の蓋はグランヴィルで開けてから今日に至るまで一度たりとも開けてはいないというのに、リシェルの遺体は忽然と消えていた。
(葬儀の前にシスターが化粧を施すと言っていたか? しかし……)
フランクが事前の打ち合わせのために早めに教会へ到着した頃、ちょうどシスターが棺の置かれた礼拝堂の窓をいくつも開けて、空気の入れ替えをしている様子を目撃している。その時に微かに漂った腐敗臭は、遺体の引き取りの際に一瞬でその場を包み込んだ死の香りとよく似ていた。どれほど丁寧に施したかは知らないが、礼拝堂にこもるほど長い間、棺を開けていたとすると、その間リシェルの身体は存在していたことになる。
「ベッカー伯爵、これを……!」
ベンジャミンの震えた声でハッとする。顔を真っ青にした彼など初めて見た。その手に握られたカードを受け取ると、見慣れた字に目を細める。リシェルの字だ。
「『私はすべてを知っている』……か」
ふと、その言葉とともに脳裏にあるワンシーンが再生する。
繊細なカーテシーを見せつけてきた、最後に見た彼女の姿だ。
『私はすべてを知っている。あなた方がしてきたことも、これから始まることも全部、決められた定めであることを――ゆめゆめ、お忘れなきよう』
(あの時から何かを企んでいたのか? リシェルは――)
リシェルは、生きているのだろうか。
もし、リシェル・ベッカーが生きていたとしたら――想像しただけで心臓を掴まれた気分になる。
フランクはカードをぐしゃりと握り潰した。