リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「父上、よく見てください。これは必要な経費ですよ。エミリへのプレゼントはベッカー家との仲を円滑にするためであって……」
「ベンジャミン、お前は優先順位がわかっていない。復興が遅れている地域の問題を解決しなければ、待たせているエミリとの結婚式の資金の目処がつかないんだ。いくら徴税し、私がかき集めてきたところで、お前の散財にすべて消えてしまう。金は湯水のように湧き出るものでないと、経営状況を見てきたお前ならわかるだろう?」
「……いやいやいや、待ってください父上! うちには膨大な資金があるじゃありませんか! レニンの増産に成功し、さらにリシェルが領地を拡大して作らせたレニン麻のレーン工場。あれを他国に売れば……」
「ご令息、本気ですか?」
今まで話に入ってこなかったテオがようやく口を開く。眉間に皺を寄せて睨みつけてくる彼に、ベンジャミンはきょとんと首を傾げた。
レニン麻を布へ加工する製造レーンは、リシェルがグランヴィルと合同で開発した魔道具だ。すべて手作業で行ってきた工程を、魔力が込められた魔石を魔道具に組み合わせることでほぼ自動で生産することができる代物である。あまりにも大がかりなプロジェクトだったが故、新聞の一面を大きく飾るほど話題になった。
「本気に決まっているだろう? リシェルはギルバート家のために、婚約者であった僕のためにここまで動いたんだ。それをどう使おうが僕の勝手――」
「~~っこの、大馬鹿者が!」
名案だと思って力説すれば、公爵はさらに鬼の形相で怒鳴った。普段は温厚で、怒りの感情を表に出すところなど見たことがなかった父の姿に、ベンジャミンは呆気を取られる。
「あれはリシェル嬢がギルバート公爵家のために隣国へ赴き、特許まで取って作り上げた貴重な財産だ! それを売り飛ばすなど、なんて愚かな……」
「な、なんで僕が怒られないといけないのさ! 今もエミリと会えなくて悲しいのに、機械のひとつくらい渡したって――」
「わからないのか? リシェル嬢は領民のために作り出したレーン工場だぞ? 公爵家への批判はさらに悪化するに決まっている」
「そんな……で、でも! こんな事態になるまで放っておいた父上の管理不足が一番の原因なんじゃないのか!? 僕はあなたの跡を引き継ごうとしただけで……!」
「ならば、このような事態の原因となったこれについて、この場でご説明いただこう」
ベンジャミンの反論を遮るように、テオはある帳簿を目の前にたたきつける。
これには収支が記載されている重要な記録であり、経営に携わるようになってからベンジャミンもよく目を通し、記入しているものだ。その中で、半年前から少しずつ消えていった項目をまとめたリストを提示すると、ベンジャミンの顔色がどんどんと青白くなっていく。
公爵は怒りで震える拳を硬く握りしめ、生気を失った息子に問う。
「徴税した頃から今日までお前に任せていた施策のうち、復興作業が完全にストップしている。随分と舐められたものだな、記載しなかっただけで済むほど簡単な一件ではないぞ。弁明があるならいくらでも聞こう――大雨の影響で壊れた橋の修繕費はどこへ消えた?」