リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
 ベッカー伯爵家は代々、領地は持たないがギルバード公爵領内で商会を持ち、さらに他国との交渉で物流を生業としている貴族だ。取引によって各商会を大きく展開し、その実力は王族も注目しているという。

 そんな家系に生まれたリシェルは、ある意味この国では特殊な人間だ。
 アルカディア王国を中心とした近辺諸国では、古来より一人ひとつの特別な能力をもって生まれてくる。人々はそれを【魔法】と名付け、よりよい暮らしのために有効活用してきたのだが、リシェルは稀にみる「魔法を持たずに生まれた無能な子」だった。

 その代わり、幼い頃から父親の書斎に一日中籠って本に没頭する日々を送っていたリシェルは、膨大な知識量によってわずか八歳で絶滅危惧植物のひとつである魔草の一種、ソクラ草の栽培方法にありつけた。書物を調べ、知識と応用を元に実験を繰り返した努力の結果だ。
 それからというものの、国民の多くは彼女を「アルカディアの才媛」として慕い敬った。

 しかしそれから三年後、リシェルに不幸が降り掛かった。
 両親が隣国での商談を終えた帰り道に起きた不慮の事故により、帰らぬ人となった。車輪を留めていた金具の中央がさびついていたため、でこぼこした山道の反動に耐えられず壊れてしまったのが原因だと言われている。
 それ以来、ベッカー伯爵家は前当主の兄にあたり、訳あって伯爵家から離れていたフランクが、実子であるエミリを連れ戻って切り盛りをしている。ギルバート公爵家との縁談もフランクが持ってきたもので、お互いの家のための政略結婚にすぎない。

「ところで、ギルバート家のご令息とはいかがですか?」
「そ、そうですわ! 私も気になっておりました!」

 一人が婚約者について問うと、次々に他の職員らも作業の手を止めてリシェルの周りに集まってくる。
< 4 / 92 >

この作品をシェア

pagetop