リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「早く早く! ベッカー邸へ急いでくれ!」
急ぎ用意された馬車に乗り込むと、ベンジャミンは今か今かとそわそわしながら窓の外を見つめていた。同乗した従者は、てっきりエミリに会いに行くのだと思い、御者を急かす彼を落ち着かせようとした。
「坊ちゃま。エミリ様にお会いしたいお気持ちはわかりますが……」
「エミリに? 僕が会いたいのはリシェルだ」
「え?」
想定外の返答に素っ頓狂な声を上げると、ベンジャミンは口元を緩ませながら、真剣な声色で続ける。
「彼女はきっと生きている。僕よりもリシェルが必要なら、彼女を連れ戻せばいいだけの話だよ!」
棺からいなくなったのは、実はこっそり抜け出したからに決まっている。あれから遺体の捜索は続いているが、未だ見つかっていない。つまり、死んでいる確証もない以上、生きている可能性だってあるはずだと考えた。
(遺体の状態でもあんなに美しかったんだ、きっと僕の魔法で、あの醜い傷も元通りにできるはずさ!)
愛想はないし癪に障るが、異性としては魅力的だ。エミリには正妻として自分の子を産み育ててもらい、リシェルは愛人として据え置く。――なんて素敵な計画なんだろう! ベンジャミンは心躍らせた。
「待っていてね、リシェル。今迎えにいくよ!」
先程とは打って変わってにんまりとした笑みを浮かべていると、もう少しでベッカー邸に着くといったところで馬車が停まった。不審に思って御者に問う。
「どうした? なにがあった?」
「い、いえ……ただ、ベッカー邸の前に停まっている馬車が……」
「ぼ、坊ちゃま、あれを!」
愕然とした様子の従者が指さした先を見る。
それは玄関が開かれ、数名の近衛兵とともにフランクが連行されていく様子だった。