リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
◇
(――そう、完璧だったはずなんだ!)
帳簿に記載された数字と再度照らし合わせた収支が、日を追うごとにずれている。むしろ修繕費にかけるべき金額が大きく減っていた。
たった三ヶ月でここまで大きく変動するはずがない。自分の企みがバレないように進めるために毎日確認してきた。ばれるはずがない!
開いた口が塞がらないベンジャミンに、公爵は続ける。
「これはグランド殿に協力をしてもらい、領地全体の経費をすべて精算した。気づかれないように少しずつ調整したようだが、数字を書き換えただけでは意味がない。復興のために回されているはずの金を着服しただけでなく、横暴なリストラまで……信じられない。自分の息子がこんな非道なことをするなんて、ギルバート家末代までの恥だ!」
「ち、父上、これは……」
「リシェル嬢はすべて知っていたのだな……婚約破棄の話をしたあの日、私達に託そうとしてくれていたのに、私は……ああ、なんと愚かなことを! あの日引き止めていれば、こんなことにはならなかったのに!」
公爵はその場に立ち崩れ、取り乱したようにむせび泣いた。領民がデモを起こすほどの暴挙に出て、息子が横領していることがわかって……今まで我慢してきたものが一気に押し寄せ、プツンと糸が切れたようだった。
そんな父親の虚しく丸まった背中を見て、ベンジャミンは頭が真っ白になった。かける言葉も見つからない。いや、原因を作った自分に言葉をかける資格などない。
立ち尽くしていると、今度はテオがある借用書を見せながら問いかける。
「あなたはベッカー伯爵と取引のあるセルペンテ商会に借金をされていますね。経営面を任されていたリシェル嬢は、そのことも把握し、あなたに辞めるよう話があったのではありませんか? どうして彼女が止めた時に話を聞かなかったのです?」
「そ、それは……リシェルが……」
リシェルが、僕を構ってくれなかったから。――子どものような我儘な言い訳を口に出したところで、ベンジャミンはハッとした。自分の行動はすべて、リシェルの気を引きたかっただけなのだと。
『僭越ながら、私はすべてを知っています。自分の思い通りになるというその傲慢が、この先もずっと続くと思わないでください』
(……そうだね、僕が間違っていたよ)
以前言われた彼女の言葉を思い出すと、ベンジャミンはフラッと執務室のドアに向かう。
「ご子息? どちらへ?」
「……ベッカー伯爵家へ行く。この事態を収拾するには、彼らの力が必要だからだ!」
今はとにかく打開策を考えなければ。ベンジャミンが慌ただしく執務室から出ていくと、待機していた執事に馬車の用意をするよう命じた。
ベンジャミンが執務室を出ていった直後、テオはふうと小さく息を吐くと、未だ咽び泣く公爵の背中を擦りながら、ドアのほうを見て呟いた。
「今さらベッカー邸へ行ったところで何もできませんよ。何も、ね」
(――そう、完璧だったはずなんだ!)
帳簿に記載された数字と再度照らし合わせた収支が、日を追うごとにずれている。むしろ修繕費にかけるべき金額が大きく減っていた。
たった三ヶ月でここまで大きく変動するはずがない。自分の企みがバレないように進めるために毎日確認してきた。ばれるはずがない!
開いた口が塞がらないベンジャミンに、公爵は続ける。
「これはグランド殿に協力をしてもらい、領地全体の経費をすべて精算した。気づかれないように少しずつ調整したようだが、数字を書き換えただけでは意味がない。復興のために回されているはずの金を着服しただけでなく、横暴なリストラまで……信じられない。自分の息子がこんな非道なことをするなんて、ギルバート家末代までの恥だ!」
「ち、父上、これは……」
「リシェル嬢はすべて知っていたのだな……婚約破棄の話をしたあの日、私達に託そうとしてくれていたのに、私は……ああ、なんと愚かなことを! あの日引き止めていれば、こんなことにはならなかったのに!」
公爵はその場に立ち崩れ、取り乱したようにむせび泣いた。領民がデモを起こすほどの暴挙に出て、息子が横領していることがわかって……今まで我慢してきたものが一気に押し寄せ、プツンと糸が切れたようだった。
そんな父親の虚しく丸まった背中を見て、ベンジャミンは頭が真っ白になった。かける言葉も見つからない。いや、原因を作った自分に言葉をかける資格などない。
立ち尽くしていると、今度はテオがある借用書を見せながら問いかける。
「あなたはベッカー伯爵と取引のあるセルペンテ商会に借金をされていますね。経営面を任されていたリシェル嬢は、そのことも把握し、あなたに辞めるよう話があったのではありませんか? どうして彼女が止めた時に話を聞かなかったのです?」
「そ、それは……リシェルが……」
リシェルが、僕を構ってくれなかったから。――子どものような我儘な言い訳を口に出したところで、ベンジャミンはハッとした。自分の行動はすべて、リシェルの気を引きたかっただけなのだと。
『僭越ながら、私はすべてを知っています。自分の思い通りになるというその傲慢が、この先もずっと続くと思わないでください』
(……そうだね、僕が間違っていたよ)
以前言われた彼女の言葉を思い出すと、ベンジャミンはフラッと執務室のドアに向かう。
「ご子息? どちらへ?」
「……ベッカー伯爵家へ行く。この事態を収拾するには、彼らの力が必要だからだ!」
今はとにかく打開策を考えなければ。ベンジャミンが慌ただしく執務室から出ていくと、待機していた執事に馬車の用意をするよう命じた。
ベンジャミンが執務室を出ていった直後、テオはふうと小さく息を吐くと、未だ咽び泣く公爵の背中を擦りながら、ドアのほうを見て呟いた。
「今さらベッカー邸へ行ったところで何もできませんよ。何も、ね」