リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
◇
ある日の夜、商談から帰ってきたフランクに、執事から急を要する相談を持ち掛けられた。長年勤めてきた家令がいなくなったことで、執事が経理周りを会計士とともに受け持つことになったのだが、いつも温厚な彼が気難しい顔をしている。
「エミリお嬢様の散財について、私が言っても聞いていただけません。何か良い案はございませんか?」
「知らん。お前がなんとかすればいいじゃないか」
「それが難しいからご相談させていただいております。旦那様のご助言が必要です。どうか、お力添えを」
「と言われてもな……どれだけ散財しているのか、ひとまず帳簿を見せてくれ」
フランクにとって、エミリは亡き子爵令嬢との大切な一人娘だ。無下に扱うつもりはなかったが、今は成り上がるための手駒としか見ていない。それはフランク自身も自覚はあったし、親としての振る舞いではないとわかってはいた。自分の欲を優先したいがため、娘と向き合うことなど一切せず、使用人にすべて任せてきたのだ。
だから、実の娘が普段どんなことをして過ごしているのか、何に金を使っているのかなど知る由もなければ興味もなかった。
執事が持ってきた帳簿をテーブルに広げ、ひとつずつ確認していく。
その中でふと、気になる項目を見つけた。入籍は済ませたものの、先延ばしになっている結婚式に使用するエミリのウェディングドレスだ。それに使用される有名デザイナーが手掛ける特注のレースは、フランクも耳にしたことがある。受注販売のため高額だが、金をかける価値は充分にある。
「マーチング商会か。あれもいい目を持っているな」
「ええ、エミリお嬢様が選ぶ物はどれも一級品です。今まではリシェルお嬢様と家令だった彼がチェックしたうえで買い物を済ませていたので、最小限に収まっていたのですが、防波堤がなくなった今、ベッカー家は火の車なのですよ」
「一級品……」
エミリが購入した商品を見ていく。比べてみても、どれも良い値がついているものばかり。それを無意識のうちに選んでいるとしたら、見事な鑑定眼だ。
(……いや、才能ではない。魔法だ)
魅力的なものは見ただけで判断できる魔法――確か、そういった魔法が存在するとは聞いたことがある。魔法に目覚めるのは個人差があり、大人になって急に発揮する場合もあるので、一概には言えない。エミリはきっと、無意識のうちに使っているのだろう。
(嫁がせた後は放ったらかしておこうと思っていたが……)
フランクは顎髭をいじる。使い方次第ではまだ手駒として使えるなどと、すぐに利用することを考えてしまう。
「……ん?」
さらにページをめくっていくと、帳簿の記載とともに保管されていた注文書にドレスのデザイン画らしきものが挟まっていることに気付く。
ウエストが細く、ボリュームのあるスカートが広がるプリンセスラインと呼ばれている種類だ。通常のドレスより特注のレースがふんだんに使われているらしく、それ以外はおかしいところはない。女性ものの衣類を熟知しているわけではないが、何かが引っかかった。
フランクはデザイン画を眺めて少し考えると、近くで待機していた執事に問う。
「奴は今どこに?」
「もうご就寝されております。明日は昼頃にレオニスとに街に出かけると」
「そうか……ならば明日の朝食後に私の部屋に来るよう伝えてくれ」
「かしこまりました。……それにしても、エミリお嬢様はご自分の立場をわかっておいでなのでしょうか」
散々振り回されている執事の小言に、フランクは怪訝そうに答える。
「わかったうえでの振る舞いなら、我々は一杯食わされているかもしれないな」
ある日の夜、商談から帰ってきたフランクに、執事から急を要する相談を持ち掛けられた。長年勤めてきた家令がいなくなったことで、執事が経理周りを会計士とともに受け持つことになったのだが、いつも温厚な彼が気難しい顔をしている。
「エミリお嬢様の散財について、私が言っても聞いていただけません。何か良い案はございませんか?」
「知らん。お前がなんとかすればいいじゃないか」
「それが難しいからご相談させていただいております。旦那様のご助言が必要です。どうか、お力添えを」
「と言われてもな……どれだけ散財しているのか、ひとまず帳簿を見せてくれ」
フランクにとって、エミリは亡き子爵令嬢との大切な一人娘だ。無下に扱うつもりはなかったが、今は成り上がるための手駒としか見ていない。それはフランク自身も自覚はあったし、親としての振る舞いではないとわかってはいた。自分の欲を優先したいがため、娘と向き合うことなど一切せず、使用人にすべて任せてきたのだ。
だから、実の娘が普段どんなことをして過ごしているのか、何に金を使っているのかなど知る由もなければ興味もなかった。
執事が持ってきた帳簿をテーブルに広げ、ひとつずつ確認していく。
その中でふと、気になる項目を見つけた。入籍は済ませたものの、先延ばしになっている結婚式に使用するエミリのウェディングドレスだ。それに使用される有名デザイナーが手掛ける特注のレースは、フランクも耳にしたことがある。受注販売のため高額だが、金をかける価値は充分にある。
「マーチング商会か。あれもいい目を持っているな」
「ええ、エミリお嬢様が選ぶ物はどれも一級品です。今まではリシェルお嬢様と家令だった彼がチェックしたうえで買い物を済ませていたので、最小限に収まっていたのですが、防波堤がなくなった今、ベッカー家は火の車なのですよ」
「一級品……」
エミリが購入した商品を見ていく。比べてみても、どれも良い値がついているものばかり。それを無意識のうちに選んでいるとしたら、見事な鑑定眼だ。
(……いや、才能ではない。魔法だ)
魅力的なものは見ただけで判断できる魔法――確か、そういった魔法が存在するとは聞いたことがある。魔法に目覚めるのは個人差があり、大人になって急に発揮する場合もあるので、一概には言えない。エミリはきっと、無意識のうちに使っているのだろう。
(嫁がせた後は放ったらかしておこうと思っていたが……)
フランクは顎髭をいじる。使い方次第ではまだ手駒として使えるなどと、すぐに利用することを考えてしまう。
「……ん?」
さらにページをめくっていくと、帳簿の記載とともに保管されていた注文書にドレスのデザイン画らしきものが挟まっていることに気付く。
ウエストが細く、ボリュームのあるスカートが広がるプリンセスラインと呼ばれている種類だ。通常のドレスより特注のレースがふんだんに使われているらしく、それ以外はおかしいところはない。女性ものの衣類を熟知しているわけではないが、何かが引っかかった。
フランクはデザイン画を眺めて少し考えると、近くで待機していた執事に問う。
「奴は今どこに?」
「もうご就寝されております。明日は昼頃にレオニスとに街に出かけると」
「そうか……ならば明日の朝食後に私の部屋に来るよう伝えてくれ」
「かしこまりました。……それにしても、エミリお嬢様はご自分の立場をわかっておいでなのでしょうか」
散々振り回されている執事の小言に、フランクは怪訝そうに答える。
「わかったうえでの振る舞いなら、我々は一杯食わされているかもしれないな」