リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
テオバルドはベンジャミンを制しながら答える。
「彼女はヘレナ・エヴァンス伯爵令嬢。私の部下でグランヴィルの薬草研究所の研究員だ。婚約者がいない私のために、今夜は同伴してもらっている」
「う、嘘だ! こんなそっくりな人間がいるなんて……あり得ない!」
「落ち着いてくれ、ベンジャミン」
そう言ってベンジャミンに寄り添ったのはルーカスだった。すでに婚約者とヘレナと呼ばれた女性は離れた場所にいる。
「ルーカス殿下、彼女はリシェルですよ! ご学友だったあなたが気づかないはずがない! 彼女が、僕のために戻ってきてくれたんですよ!」
「学友だったからこそわかるよ。彼女は別人だ。それに君はグランヴィルで見たんだろう。棺に眠る傷だらけのリシェル嬢の姿を」
その言葉とともに脳裏に浮かんだのは、棺の中で顔や腕に痛々しい傷跡を残したまま眠っている彼女だ。治癒魔法が使える者がいても治らなかった傷跡は、ヘレナには傷があった形跡すら見当たらない。
それでもベンジャミンは諦めなかった。
「ええ、確かにこの目で見ましたよ! 事切れていることも確認しました! でも魔法を上手く使えばいくらだって誤魔化せるでしょう、あれは死んだふりだった、エミリに奪われた僕の心を取り返すための自作自演だったんだ!」
「ベンジャミン……」
今にも襲いかかりそうなベンジャミンの勢いに、待機していた近衛兵士がルーカスのもとに駆け寄ってきて距離を取らせようとする。今すぐに羽交い締めしてもいい勢いではあるが、ベンジャミンが手を出していない以上、無闇矢鱈に罰するわけにはいかない。
「一兵士ごときが、僕に近づくな! 僕の権限でクビにしてやるぞ!」
「落ち着いてください! これ以上、殿下を危険に晒すわけには……!」
「黙れ! ――リシェル、僕が間違っていた! 君は冷たい表情をしながらも僕のことをいつも考えてくれていたんだね、気づけなくてごめん。もう離さないから、戻っておいで! 君をこの世の誰よりも愛しているよ、だから結婚――」
結婚しよう。――そう言いかけた次の瞬間、ベンジャミンの腹部に激痛が走った。
周囲から悲鳴が上がる。近衛兵士が慌てて後方に手を伸ばした。
その場に倒れ込んだベンジャミンの視界の端に映ったのは、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってくる両親の絶望した表情。そして薄桃色のドレスの端と、抵抗するために振り上げた手にはめられたエメラルドの指輪。
「――私だけを愛しているって、おっしゃってくれたではありませんかぁぁあ!!」
薄れゆく意識の中で、光を無くした瞳で見下ろすエミリの叫び声だけが反響していた。
「彼女はヘレナ・エヴァンス伯爵令嬢。私の部下でグランヴィルの薬草研究所の研究員だ。婚約者がいない私のために、今夜は同伴してもらっている」
「う、嘘だ! こんなそっくりな人間がいるなんて……あり得ない!」
「落ち着いてくれ、ベンジャミン」
そう言ってベンジャミンに寄り添ったのはルーカスだった。すでに婚約者とヘレナと呼ばれた女性は離れた場所にいる。
「ルーカス殿下、彼女はリシェルですよ! ご学友だったあなたが気づかないはずがない! 彼女が、僕のために戻ってきてくれたんですよ!」
「学友だったからこそわかるよ。彼女は別人だ。それに君はグランヴィルで見たんだろう。棺に眠る傷だらけのリシェル嬢の姿を」
その言葉とともに脳裏に浮かんだのは、棺の中で顔や腕に痛々しい傷跡を残したまま眠っている彼女だ。治癒魔法が使える者がいても治らなかった傷跡は、ヘレナには傷があった形跡すら見当たらない。
それでもベンジャミンは諦めなかった。
「ええ、確かにこの目で見ましたよ! 事切れていることも確認しました! でも魔法を上手く使えばいくらだって誤魔化せるでしょう、あれは死んだふりだった、エミリに奪われた僕の心を取り返すための自作自演だったんだ!」
「ベンジャミン……」
今にも襲いかかりそうなベンジャミンの勢いに、待機していた近衛兵士がルーカスのもとに駆け寄ってきて距離を取らせようとする。今すぐに羽交い締めしてもいい勢いではあるが、ベンジャミンが手を出していない以上、無闇矢鱈に罰するわけにはいかない。
「一兵士ごときが、僕に近づくな! 僕の権限でクビにしてやるぞ!」
「落ち着いてください! これ以上、殿下を危険に晒すわけには……!」
「黙れ! ――リシェル、僕が間違っていた! 君は冷たい表情をしながらも僕のことをいつも考えてくれていたんだね、気づけなくてごめん。もう離さないから、戻っておいで! 君をこの世の誰よりも愛しているよ、だから結婚――」
結婚しよう。――そう言いかけた次の瞬間、ベンジャミンの腹部に激痛が走った。
周囲から悲鳴が上がる。近衛兵士が慌てて後方に手を伸ばした。
その場に倒れ込んだベンジャミンの視界の端に映ったのは、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってくる両親の絶望した表情。そして薄桃色のドレスの端と、抵抗するために振り上げた手にはめられたエメラルドの指輪。
「――私だけを愛しているって、おっしゃってくれたではありませんかぁぁあ!!」
薄れゆく意識の中で、光を無くした瞳で見下ろすエミリの叫び声だけが反響していた。