リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
一方、ベンジャミンを刺した人物――エミリ・ギルバートはその場で取り押さえられたと同時に意識を失い、城の医師に付き添われる形で牢に入れられた。
彼女が目を覚ましたのは五日ほど経過した頃で、以来声を掛けるだけでひどく怯えるようになっていた。特に男性が怖いらしい。
医師の診断を受けたうえで、彼女と面識があるバネッサ・アーヴェンヌが事情を聞くことになった。
バネッサが入ってくると、エミリはどこかホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「ごきげんよう、エミリ嬢。気分はいかが?」
「…………」
エミリは虚ろな目で見つめてくる。痩せた頬や顔色の悪さは一層酷くなる一方だ。
医師の診断では、エミリは過度なストレスと睡眠不足による精神的なダメージを受けているという。
バネッサはある程度距離を保ちつつ優しく問いかける。
「どうして自分がここにいるのか、わかっているかしら?」
「……べ、ベンジャミン様は、どうなったの」
「一命は取りとめたわ。今は順調に回復しているそうよ」
「そう……良かった」
ふう、と息をつく音がやけにはっきりと聞こえた。
エミリは顔を上げ、バネッサに訴えかける。
「私はずっとベンジャミン様に酷いことをされてきました。それでもあの人のことを愛しています。どうか私を、あの人の元へ帰していただけませんか」
「……あなた、自分のしたことをわかっているの?」
「ええ、私のしたことは罪深いこと。だからこそ、あの人の最期の瞬間まで添い遂げるつもりです」
うっとりとした表情で告げる彼女を見て、バネッサは近くで待機していた医師に目配せをする。
エミリの言動に矛盾が生じており、常識の範疇を越えている。ただ愛されたいがためだけに移した行動――同情するつもりはなかったが、バネッサは胸を痛めた。
「ねぇ、ベンジャミン様はどこにいらっしゃるの? ギルバート家にいるのなら、今すぐ会いに行きたいわ。いえ、私がいないのだから、きっと国中を隅々まで探してくださっているわよね! 私は無事よって、早くお伝えしなくちゃ!」
「エミリ嬢……」
「あの人も私を待ってくださっているわ。ずっと隠していたことを正直に話した時、あの人は微笑んで許してくれた。私を激しく求め、愛してくださった。あんな優しい人は世界中どこを探しても見つからない! 私には、ベンジャミン様が必要なの!」
今すぐにもベッドから飛び出そうとする彼女を傷つけないようにそっと押し戻すと、バネッサは目線をあわせてゆっくりと告げる。
「エミリ嬢、落ち着いて。深呼吸しましょう」
「何よ、私は平気よ」
「いいから、私の真似をして? ……そう、いい子ね」
興奮状態の彼女には何を言っても通じない。バネッサはこれから告げる内容に耐えきれないかもしれないと悟り、エミリを落ち着かせることに時間をかけた。まるで赤子をあやすような、優しい声色で。
ようやく落ち着いたところで、バネッサは言葉を選びながら告げる。