リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「エミリ嬢、よく聞いてね。昨日、目を覚ました彼からこれが送られてきたの」
バネッサが一枚の紙を差し出すと、怪しげにそれを受け取る。つらつらと並べられたそれを見て、エミリは目を見開いた。書かれていたのは、エミリと離縁するという内容だった。
「これをベンジャミン様が……? う、そ……嘘よ! こんなの認めないわ!」
「あなたがしたことは、愛する人の命を奪うことなの。それだけでなく、妊娠した際に助けてくれた義両親に泥を塗り、公爵という貴族の名を捨てさせた行為は、重く受け止めるべきだわ」
「そんな……私を愛してくれなかったあの人が悪いのに! 妊娠だって、嘘でもつかなくちゃ、あの人は私を見てくれなかった! 抱いてもくれなかったのに!」
「妊娠が、嘘……? まさか、リシェルから彼を奪うためにこんなことを?」
「ええ、そうよ! リシェルからあの人を奪うには手っ取り早い方法だったの! だってリシェルは愛されていなかった! 私が、私だけがあの人の……」
「愛されているあなたが、どうして愛されない人から奪う必要があるの?」
「それ、は……」
エミリはそう言いかけて言葉を留めた。差し出された離縁状をしわくちゃにしながら、頭を抱える。
(私、どうしてリシェルが羨ましかったの?)
自分に持っていないものを持つ彼女が眩しかった。
自ら行かずとも周囲が自然に集まっていく。そんな従姉に、いつから嫉妬していたのだろう。
ベンジャミンを奪ったのだって、リシェルが悔しがると思っていたのに、どうして自分はリシェルの姿を必死に追いかけているのだろう。
『女の子はね、花のように華やかに静かに微笑んでいればそれでいいのよ』
(……違う。違うわ、お母様)
ずっと言い聞かされてきた母親からの呪い――それに気付いた時、エミリは悲鳴にも近い声で泣きじゃくった。
「〜〜っ! ああ、リシェルお姉様、お姉様ぁ!」
「エミリ……」
「私はなりたかった、お姉様みたいに、愛される側になりたかった!」
自分で何でもこなす有能な姉が羨ましかった。学を身につけることも、自分で稼いで些細なものを買うことも、やってみたかった。
『エミリ、私はすべてを知っているわ。でもね、この世界にはまだまだ知らないことのほうが多いのよ』
あの時の眩しい姉の顔を、エミリは忘れられなかった。