恋のリハーサルは本番です

第17話 夜のカフェで

午後九時を過ぎた頃。
 あかりは駅前のカフェ〈ルミナリエ〉の窓際の席にいた。
 ノートパソコンを開いたまま、画面の白いページにカーソルだけが点滅している。書かなきゃいけない。書きたいのに、言葉が出てこない。

 リハーサルの映像を見返しても、あの瞬間ばかりが頭をよぎる。
 ──蓮が、美咲の頬にそっと触れたあのシーン。
 演技とはいえ、二人の距離の近さに胸がざわついた。
 それ以来、台本の続きを書こうとするたび、彼の顔が浮かんでしまうのだ。

(何考えてるの、私。これは仕事であって、恋じゃない)

 そう言い聞かせて、コーヒーに手を伸ばしたとき──

「……やっぱり、ここにいたか」

 聞き慣れた低い声に、あかりの手が止まる。
 顔を上げると、蓮が立っていた。黒のパーカーにラフなジーンズ。けれど、照明の下ではどこか映画のワンシーンのように見える。

「どうしてここが?」

「リハのあと、電話したけど出なかったから。もしかして、またこもってるんじゃないかと思って」

「……ごめんなさい。ちょっと考え事してて」

 蓮は無言で向かいの席に腰を下ろした。
 その動作が、まるで何度も繰り返された芝居の一場面のように自然で、あかりの鼓動が静かに早まる。

「考え事って、脚本のこと?」

「ええ。……でも、たぶん、それだけじゃないのかも」

 小さな声で答えると、蓮は少し目を細めた。
 その視線がまっすぐで、逃げ場を失う。

「俺も、最近おかしいんだよな。芝居の稽古なのに、あかりが書いたセリフじゃなくて……本気で言いたくなるときがある」

「え……?」

「“君のことが、好きだ”って」

 時間が止まった。
 カフェの喧騒が遠ざかり、二人だけの世界が静かに閉じていく。
 あかりは何か言おうとしたが、声にならなかった。

 ──ドキドキが、止まらない。
 でも、それは台本のセリフじゃない。
 本当の「恋」が、いま動き出そうとしていた。

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