恋のリハーサルは本番です

第20話 見えない距離

翌朝、稽古場に着いた蓮は、珍しく早めに来ていた。
手にはコンビニの紙袋。中には、昨夜コンビニで買った「期間限定・ほうじ茶ラテ味のクッキー」が入っている。

(あかりさん、甘いもの好きって言ってたよな……)

机に紙袋を置き、何気なくあかりの到着を待つ。
心臓が落ち着かない。

その時。

「おはようございます!」

元気な声が響く。
振り返ると、あかりが軽やかに入ってきた。
今日も髪をひとつにまとめて、白いブラウスにデニムのスカート──シンプルなのに眩しい。

「お、おはようございます」

「蓮さん、早いですね!寝坊常習犯の私が来た時にもういるなんて!」

「い、いえ。今日はちょっと……その、台本を復習してて」

「へえ〜、真面目だなあ」
あかりは感心したように笑いながら、机に近づく。

そのとき、ふと紙袋を見つけた。
「これ、何ですか?」

「あっ、それは!えっと……みんなで食べようと思って、買ってきたやつで……」

慌てて取り繕う蓮。
でも、あかりはにやりと笑った。

「ふ〜ん。“みんなで”、ね?」

「そ、そうですよ!」

「でも、ありがとうございます。ほうじ茶ラテ味、私大好きなんです!」

(当たった……!)

心の中でガッツポーズ。
でも顔はできるだけ冷静を装う。

「そ、そうなんですね。よかったです」

「もしかして、エスパーですか?」

「えっ?」

「私が好きな味、ピンポイントで当てるなんて」

「そ、それは……たまたまですよ、きっと」

あかりはクッキーをひとつ口に入れながら、いたずらっぽく笑った。

「たまたまでも、嬉しいです。……なんか、元気出ました」

(その笑顔、ずるいって……)

胸がぎゅっと締め付けられる。
だがその瞬間、別の声が飛んできた。

「桜井ー!また朝からイチャイチャしてるのかー?」

高峰翔だった。
いつの間にか後ろに立っていて、にやにやしている。

「ち、違います!」
「ち、違います!」

息ぴったりの否定。
翔は吹き出した。

「否定のタイミング完璧じゃん。もう夫婦漫才レベルだな」

「翔さん、からかわないでください!」とあかりが抗議するも、翔は余裕の笑み。

「いやいや、仲がいいのは良いことだ。演技にも出るからな〜。な、桜井?」

「……はい(なぜ俺に振る)」

「まあでも、あかりちゃん。俺、今日の稽古後に新しい台本の話聞きたいんだけど、ちょっと時間ある?」

「えっ?あ、今日は……」
一瞬、あかりが蓮を見る。

「蓮さんと稽古の確認をする約束があって……」

翔の眉がぴくりと動いた。
そして、わざとらしく笑う。

「そっか、そっか〜。そういう“二人きりの練習”ね。いいねえ、青春」

「ち、違いますって!」

顔を真っ赤にして否定する蓮。
翔は面白がるように肩を叩いて去っていった。

あかりは頬を膨らませながら、ぼそりと呟いた。
「もう、あの人本当に苦手……」

「はは……でも、あの人なりの冗談ですよ」

「蓮さん、そうやって何でも“いい人風”にまとめないでください」

「え?」

「そういうとこ、ちょっとズルいです」

「ず、ズルい!?」

あかりはくすっと笑った。
「褒めてるんです。そういう“優しさ”が、私、好きなんです」

その言葉に蓮の鼓動が一気に跳ね上がる。

(好き……!?)

一瞬、時が止まる。
けれど、あかりはすぐに続けた。

「──脚本を書くうえで、そういうキャラって大事なんですよ。人の良さがにじみ出るタイプ」

(……そっちか)

蓮は肩を落とした。
でも、あかりの笑顔を見て、自然と笑ってしまう。

「……じゃあ、これからも“いい人”で頑張ります」

「はい、“恋愛リハーサル”の相手としても、よろしくお願いします」

ふたりの声が重なる。
その距離はまだ遠い。
でも──確かに、少しずつ近づいていた。
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