恋のリハーサルは本番です
第2話 ぎこちない共同作業
翌日の午後。
蓮は約束の時間より三十分も早く劇場に着いてしまった。
「早く来すぎた...」
近くのコンビニでコーヒーを買い、劇場の前で待つ。
落ち着かない。
昨夜はほとんど眠れなかった。あかりとの稽古のことを考えると、胸が高鳴って仕方がない。
午後一時五十分。
約束の十分前。もういいだろう。
劇場に入ろうとした時──
「蓮さん!」
後ろから声がした。
振り返ると、あかりが小走りでやってくる。
「早かったですね」
「あ、いえ...その」
「私も早く来ちゃいました」
あかりは笑顔で言った。
「じゃあ、入りましょう」
二人は並んで劇場に入った。
稽古場には、二人きり。
台本を挟んで、向かい合って座る。
「まず、蓮さんの演技について」
あかりがノートを開く。
「はい」
蓮は緊張で背筋が伸びる。
「蓮さんの演技、真面目すぎるんです」
「真面目って...それ、褒めてます?」
「半分は」
あかりはクスッと笑った。
「でもね、この主人公・春樹は、もっと自然体でいいんです」
「自然体...」
「春樹は普通の大学生。恋をして、悩んで、笑って、泣いて。特別な人じゃないんです」
「でも、台詞はすごく詩的で美しくて...」
「それは春樹の内面です。外側は普通の二十二歳の男の子」
なるほど、と蓮は頷いた。
確かに、自分は台詞を「演じよう」としすぎていた。
もっと自然に、普通に。
「蓮さん、恋愛経験は?」
突然の質問に、蓮は動揺した。
「え!? な、なんでそんなこと...」
「春樹は初恋の相手に告白する物語ですから。参考までに」
「それは...その...」
顔が熱くなる。
正直に答えるべきか。でも、恥ずかしい。
「もしかして、ない?」
あかりが察した。
「...はい。演劇一筋で、そういうの全然...」
小声で認める。
二十三歳で恋愛経験ゼロ。役者として、人間として、情けない。
でも──
「それ、最高です!」
あかりの目が輝いた。
「え?」
「春樹も恋愛初心者なんです。だから蓮さん、役者として失格じゃなくて適任なんですよ!」
「そう...なんですか」
ほっとする。否定されなくて良かった。
「じゃあ、リサーチしましょう」
「リサーチ?」
「恋愛のリサーチです。私が全面協力します!」
あかりは立ち上がって、蓮の手を取った。
「え、ちょ、ちょっと...」
「明日から本格的に始めます。デートしたり、手を繋いだり」
「デ、デート!?」
「演技の練習ですよ、練習!」
あかりは笑顔で言う。
でも、蓮の心臓は早鐘を打っていた。
あかりと、デート。
それが演技の練習だとしても──
いや、だからこそ?
「よろしくお願いします、パートナー」
あかりが手を差し出す。
蓮は震える手で、その手を握った。
「よろしく...お願いします」
握手。
でも、なぜかすぐに離せない。
二人の手は、少し長めに繋がっていた。
その日の稽古は、台本の読み合わせから始まった。
「じゃあ、第一幕の最初から」
あかりが台本を開く。
「春樹のセリフ、言ってみてください」
「はい」
蓮は深呼吸して、セリフを読む。
「僕は君に会うために、この街に来たんだ」
「もっと軽く」
「僕は君に会うために、この街に来たんだ」
「そう!その調子です!」
あかりが拍手する。
「本当ですか?」
「はい。さっきより全然良くなってます」
嬉しい。
あかりに褒められると、自信が湧いてくる。
「次のセリフ」
「君の笑顔が見たくて、僕は毎日ここに来るんだ」
「感情を込めて。誰かの顔を思い浮かべてみてください」
誰かの顔。
蓮は目を閉じた。
そして、自然とあかりの顔が浮かんだ。
「君の笑顔が見たくて、僕は毎日ここに来るんだ」
目を開けると、あかりが微笑んでいた。
「完璧です」
「ありがとうございます」
「今の、誰の顔を思い浮かべました?」
「え?」
「春樹の相手役、美月のイメージです。参考までに」
「あ...その...」
言えるわけがない。
あかりの顔を思い浮かべていたなんて。
「秘密、ですか?」
あかりが少しだけ寂しそうに笑った。
「いえ...その...ごめんなさい」
「大丈夫です。俳優さんには秘密があるものですから」
そう言って、あかりは次のページを開いた。
蓮は心の中で、小さく謝った。
嘘をついてしまった。
でも、本当のことは言えない。
まだ、言えない。
稽古は三時間続いた。
あかりの指導は的確で、優しかった。
蓮の演技は、明らかに良くなっていく。
「今日はここまでにしましょう」
あかりが時計を見て言った。
「もう、こんな時間」
午後六時。外はすっかり暗くなっている。
「お疲れ様でした」
「こちらこそ。蓮さん、すごく良くなってます」
「あかりさんのおかげです」
「そんな。蓮さんの努力ですよ」
二人は稽古場を出た。
劇場の前で、立ち止まる。
「じゃあ、また明日」
「あかりさん」
蓮は勇気を振り絞って言った。
「今日、ありがとうございました。すごく楽しかったです」
「私もです」
あかりが微笑む。
「蓮さんと稽古するの、楽しい」
「本当ですか?」
「本当です」
その言葉に、蓮の胸が温かくなる。
「じゃあ...また明日」
「はい。また明日」
手を振り合って、別れる。
蓮は何度も振り返った。
あかりの姿が見えなくなるまで。
家に帰った蓮は、すぐにベッドに倒れ込んだ。
「楽しかった...」
天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
あかりの笑顔。声。仕草。
全てが愛おしく思える。
「これって...」
スマホが鳴った。
メッセージ。あかりからだ。
『今日はありがとうございました!明日は午前十時に駅で待ち合わせですね!』
そうだ。明日は「恋愛リサーチ」の初日。
つまり、デート。
『了解です。楽しみにしてます』
返信を送る。
すぐに返事が来た。
『私もです!♡』
ハートマーク。
蓮は思わずスマホを抱きしめた。
「やばい...これ、完全に...」
認めたくなかった。
でも、もう隠せない。
「俺、あかりさんのこと...」
言葉にすることが怖い。
でも、心は正直だ。
「好きなのかもしれない」
初めての感情。
これが、恋。
蓮は顔を赤らめながら、明日のことを考えた。
どんな服を着ていこう。
何を話そう。
考えるだけで、胸がドキドキする。
「明日...楽しみだな」
蓮は幸せな気持ちで、眠りについた。
あかりも、同じように眠れない夜を過ごしていた。
ベッドに入っても、目が冴えている。
「明日...初めてのデート」
いや、デートじゃない。
あくまで演技の練習。恋愛リサーチ。
「そう、リサーチ」
でも、なぜこんなにワクワクするんだろう。
クローゼットを開けて、服を選び始める。
「何着て行こう...」
ワンピース?スカート?それともパンツ?
全部鏡の前で合わせてみる。
「可愛すぎるかな...いや、でも...」
気づくと、一時間も服選びをしていた。
「何やってるんだろう、私」
これはリサーチ。仕事。
なのに、こんなに準備してる。
「蓮さんに、可愛いって思われたい...」
本音が出た。
あかりは顔を両手で覆った。
「だめだめ、こんなの」
でも、止められない。
この気持ちは、もう止められない。
「私...蓮さんのこと...」
言葉にするのが怖い。
だって、まだ会って二日しか経ってない。
恋に落ちるには早すぎる。
「でも...心は正直」
あかりは鏡に映る自分を見つめた。
頬が赤く染まっている。
瞳が輝いている。
これは紛れもなく──
「恋...なのかな」
小さく呟いて、あかりは笑った。
脚本家として、たくさんの恋愛物語を書いてきた。
でも、自分が恋をするのは初めて。
「明日、頑張ろう」
あかりは最終的に、淡いブルーのワンピースを選んだ。
蓮さんに似合うって言われますように。
そんな願いを込めて、ベッドに入る。
でも、やはり眠れない。
明日が待ち遠しくて、待ち遠しくて仕方なかった。
蓮は約束の時間より三十分も早く劇場に着いてしまった。
「早く来すぎた...」
近くのコンビニでコーヒーを買い、劇場の前で待つ。
落ち着かない。
昨夜はほとんど眠れなかった。あかりとの稽古のことを考えると、胸が高鳴って仕方がない。
午後一時五十分。
約束の十分前。もういいだろう。
劇場に入ろうとした時──
「蓮さん!」
後ろから声がした。
振り返ると、あかりが小走りでやってくる。
「早かったですね」
「あ、いえ...その」
「私も早く来ちゃいました」
あかりは笑顔で言った。
「じゃあ、入りましょう」
二人は並んで劇場に入った。
稽古場には、二人きり。
台本を挟んで、向かい合って座る。
「まず、蓮さんの演技について」
あかりがノートを開く。
「はい」
蓮は緊張で背筋が伸びる。
「蓮さんの演技、真面目すぎるんです」
「真面目って...それ、褒めてます?」
「半分は」
あかりはクスッと笑った。
「でもね、この主人公・春樹は、もっと自然体でいいんです」
「自然体...」
「春樹は普通の大学生。恋をして、悩んで、笑って、泣いて。特別な人じゃないんです」
「でも、台詞はすごく詩的で美しくて...」
「それは春樹の内面です。外側は普通の二十二歳の男の子」
なるほど、と蓮は頷いた。
確かに、自分は台詞を「演じよう」としすぎていた。
もっと自然に、普通に。
「蓮さん、恋愛経験は?」
突然の質問に、蓮は動揺した。
「え!? な、なんでそんなこと...」
「春樹は初恋の相手に告白する物語ですから。参考までに」
「それは...その...」
顔が熱くなる。
正直に答えるべきか。でも、恥ずかしい。
「もしかして、ない?」
あかりが察した。
「...はい。演劇一筋で、そういうの全然...」
小声で認める。
二十三歳で恋愛経験ゼロ。役者として、人間として、情けない。
でも──
「それ、最高です!」
あかりの目が輝いた。
「え?」
「春樹も恋愛初心者なんです。だから蓮さん、役者として失格じゃなくて適任なんですよ!」
「そう...なんですか」
ほっとする。否定されなくて良かった。
「じゃあ、リサーチしましょう」
「リサーチ?」
「恋愛のリサーチです。私が全面協力します!」
あかりは立ち上がって、蓮の手を取った。
「え、ちょ、ちょっと...」
「明日から本格的に始めます。デートしたり、手を繋いだり」
「デ、デート!?」
「演技の練習ですよ、練習!」
あかりは笑顔で言う。
でも、蓮の心臓は早鐘を打っていた。
あかりと、デート。
それが演技の練習だとしても──
いや、だからこそ?
「よろしくお願いします、パートナー」
あかりが手を差し出す。
蓮は震える手で、その手を握った。
「よろしく...お願いします」
握手。
でも、なぜかすぐに離せない。
二人の手は、少し長めに繋がっていた。
その日の稽古は、台本の読み合わせから始まった。
「じゃあ、第一幕の最初から」
あかりが台本を開く。
「春樹のセリフ、言ってみてください」
「はい」
蓮は深呼吸して、セリフを読む。
「僕は君に会うために、この街に来たんだ」
「もっと軽く」
「僕は君に会うために、この街に来たんだ」
「そう!その調子です!」
あかりが拍手する。
「本当ですか?」
「はい。さっきより全然良くなってます」
嬉しい。
あかりに褒められると、自信が湧いてくる。
「次のセリフ」
「君の笑顔が見たくて、僕は毎日ここに来るんだ」
「感情を込めて。誰かの顔を思い浮かべてみてください」
誰かの顔。
蓮は目を閉じた。
そして、自然とあかりの顔が浮かんだ。
「君の笑顔が見たくて、僕は毎日ここに来るんだ」
目を開けると、あかりが微笑んでいた。
「完璧です」
「ありがとうございます」
「今の、誰の顔を思い浮かべました?」
「え?」
「春樹の相手役、美月のイメージです。参考までに」
「あ...その...」
言えるわけがない。
あかりの顔を思い浮かべていたなんて。
「秘密、ですか?」
あかりが少しだけ寂しそうに笑った。
「いえ...その...ごめんなさい」
「大丈夫です。俳優さんには秘密があるものですから」
そう言って、あかりは次のページを開いた。
蓮は心の中で、小さく謝った。
嘘をついてしまった。
でも、本当のことは言えない。
まだ、言えない。
稽古は三時間続いた。
あかりの指導は的確で、優しかった。
蓮の演技は、明らかに良くなっていく。
「今日はここまでにしましょう」
あかりが時計を見て言った。
「もう、こんな時間」
午後六時。外はすっかり暗くなっている。
「お疲れ様でした」
「こちらこそ。蓮さん、すごく良くなってます」
「あかりさんのおかげです」
「そんな。蓮さんの努力ですよ」
二人は稽古場を出た。
劇場の前で、立ち止まる。
「じゃあ、また明日」
「あかりさん」
蓮は勇気を振り絞って言った。
「今日、ありがとうございました。すごく楽しかったです」
「私もです」
あかりが微笑む。
「蓮さんと稽古するの、楽しい」
「本当ですか?」
「本当です」
その言葉に、蓮の胸が温かくなる。
「じゃあ...また明日」
「はい。また明日」
手を振り合って、別れる。
蓮は何度も振り返った。
あかりの姿が見えなくなるまで。
家に帰った蓮は、すぐにベッドに倒れ込んだ。
「楽しかった...」
天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
あかりの笑顔。声。仕草。
全てが愛おしく思える。
「これって...」
スマホが鳴った。
メッセージ。あかりからだ。
『今日はありがとうございました!明日は午前十時に駅で待ち合わせですね!』
そうだ。明日は「恋愛リサーチ」の初日。
つまり、デート。
『了解です。楽しみにしてます』
返信を送る。
すぐに返事が来た。
『私もです!♡』
ハートマーク。
蓮は思わずスマホを抱きしめた。
「やばい...これ、完全に...」
認めたくなかった。
でも、もう隠せない。
「俺、あかりさんのこと...」
言葉にすることが怖い。
でも、心は正直だ。
「好きなのかもしれない」
初めての感情。
これが、恋。
蓮は顔を赤らめながら、明日のことを考えた。
どんな服を着ていこう。
何を話そう。
考えるだけで、胸がドキドキする。
「明日...楽しみだな」
蓮は幸せな気持ちで、眠りについた。
あかりも、同じように眠れない夜を過ごしていた。
ベッドに入っても、目が冴えている。
「明日...初めてのデート」
いや、デートじゃない。
あくまで演技の練習。恋愛リサーチ。
「そう、リサーチ」
でも、なぜこんなにワクワクするんだろう。
クローゼットを開けて、服を選び始める。
「何着て行こう...」
ワンピース?スカート?それともパンツ?
全部鏡の前で合わせてみる。
「可愛すぎるかな...いや、でも...」
気づくと、一時間も服選びをしていた。
「何やってるんだろう、私」
これはリサーチ。仕事。
なのに、こんなに準備してる。
「蓮さんに、可愛いって思われたい...」
本音が出た。
あかりは顔を両手で覆った。
「だめだめ、こんなの」
でも、止められない。
この気持ちは、もう止められない。
「私...蓮さんのこと...」
言葉にするのが怖い。
だって、まだ会って二日しか経ってない。
恋に落ちるには早すぎる。
「でも...心は正直」
あかりは鏡に映る自分を見つめた。
頬が赤く染まっている。
瞳が輝いている。
これは紛れもなく──
「恋...なのかな」
小さく呟いて、あかりは笑った。
脚本家として、たくさんの恋愛物語を書いてきた。
でも、自分が恋をするのは初めて。
「明日、頑張ろう」
あかりは最終的に、淡いブルーのワンピースを選んだ。
蓮さんに似合うって言われますように。
そんな願いを込めて、ベッドに入る。
でも、やはり眠れない。
明日が待ち遠しくて、待ち遠しくて仕方なかった。