絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない
 絶対零度のブルーアイだなんて、一体誰が名付けたのか。
 アンリの優しさを知れば、冷たさなんて微塵も感じないのに、とセレナはアンリに出会って以来ずっと不思議に思っている。

「ん?」
「い、いえ、なんでもないです。さっきの授業で少し理解できないところがあって……」

 セレナは不自然にならないよう、テーブルの上に広げたままだった教科書に視線を移した。
 アンリの美貌には慣れてきたはずなのに、最近、変に意識してしまって直視できない自分をセレナは認めざるを得ない。

 その場しのぎで言ったことだったが、「どこだ」とアンリが優しく聞いてくれる。少しかすれた低音が耳元で囁かれて、セレナは思わず目をぎゅっと閉じた。
 赤くなっているであろう自分の顔をローブで隠すように、俯く。

 分からないところなんて本当はなかったけれど、引っ込みがつかなくなって教科書のページをめくって教えを乞うた。

「あぁ、そこは……――」

 馬鹿にすることもなく丁寧に解説してくれるアンリの声を聞きながら、セレナの胸のざわつきは酷くなるばかりだ。

(これじゃぁ、まるで……)

 その先に続く言葉を飲み込む。恋愛とは無縁の人生を送ってきたけれど、十歳まではそれなりに恋愛小説を読んでいつかは自分もこんな風に恋をするのかもしれない、と夢見ていた時期もあった。
 そんなときがあったことさえも、今の今まで忘れていたけれど。
 ずっと蓋をして追いやっていたはずのあの頃の胸のときめきが、急に溢れだす。

(だめよ、セレナ)

 それは決して抱いてはいけない感情。
 死なせてしまった、自分の半身。
 兄のカイルの顔は、いつだって瞼に張り付いている。

『女だということが露呈するなど、絶対にあってはならない』

 身の程もわきまえずに浮かれたセレナに釘をさすように、冷たい父の声が降りかかった。ここに来る前、うんざりするほど言われてきた父の言葉だった。

(気を引き締めなくちゃ……)

 そうでなくても、アンリは自分の手には届かないほど高貴な身分なのだから。
 セレナは、溢れ出る感情に再び蓋をかぶせた。

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