Existence *
「翔、あのね。私――…」

「何回もごめんねぇー。翔、飲み物とか買ってきたんだけどー…って、あれ?」


美咲の声を遮ったのは茜だった。

帰ったと思ったはずの茜がまだ居る。

でも、正直、助かったと思ってしまった。

このまま美咲と居る事は出来ない。


何かを言いかけていた美咲の視線が茜に移る。


「あ、ごめんなさい」


俺と美咲に戸惑う茜は持っていたビニール袋をテーブルに置くと、俺たちに背を向けた。


「あ、あのっ、」


その茜の背中に声を掛けたのは美咲だった。


「あのっ、もう帰るんで…」

「え、でも…」

「大丈夫です。もう話し終わったんで」

「あ、うん…」

「じゃ、お大事に」


美咲がこの病室を離れた。

落としていた視線を上げると、茜は戸惑ったように瞳を揺るがせた。


「ご、ごめんね。なんか何度も来ちゃって」

「いや…」

「これ、飲み物買って来たんだけど」

「悪いな」

「もしかして彼女…だった?」

「……」

「だったらゴメン。余計な時に来たかも――…」

「いや、違うから」


好きな人。って言ったらいいんだろうか。

いや、好きだった人。

と、言うか、むしろ忘れたい人。


忘れないといけない人。



「そっか。あ、あのね翔。こんな時に言うのもあれだけど、私達もう一度戻る事出来ないかな?」


一瞬、何を言われてるのか分からなかった。

しかもこのタイミングで?

10数年も会ってねぇのに、より戻すって意味が分かんねぇな。


「…え?俺と茜が?」

「そう…お互い自然消滅だったから。…私は翔とやり直したい」

「悪いけど、いま何も考えたくねぇの…」

「そ、そうだよね。急にこんな事言ってごめんね」

「……」

「芹沢さーん、点滴です」


病室に入って来た実香子が茜を見てすぐに視線を俺に向ける。

実香子はまた思ってる。

また女ばっかり連れ込んでって。

だから嫌がらせの様に普段呼ばない苗字で俺を呼んだに違いない。

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