シンデレラは豪雨の中で拾われる
「はい、葛城です」
 
 数コール後、あの低くて優しい声が電話口から聞こえてきた。今朝まで聞いていたのに、もうすでに懐かしく感じてしまう。
 
「佐々木です。お忙しい中、突然すみません。あの、葛城さんの家の鍵だと思われる物が、私の鞄に入っていたんですが…」
「ああ、そうだったのですね。どうりで見つからなかったわけです」

 彼はすでに鍵がないことに気づいていたのか、ホッとした様子が声から伝わって来た。

「郵送でお送りしますので、住所を教えていただけませんか」
「うーん…。そうですね。鍵を郵送で送り返すのは、セキュリティ上あまり良いとは言えません。幸いにもスペアがありますので、どうか持っていていただけませんか?」
「ええっ!?お家の鍵ですよ!?」
「ははっ、美玖さんのことは信用しているので。もし不安でしたら、今週末にでも取りに行きましょうか?」

 軽く言うが、新幹線でもそこそこ時間のかかる地方だ。多忙な葛城さんにご足労いただくわけにはいかないと思い、見えていないのに全力で首を振ってしまう。

「いえいえいえ!駄目です!私が持っていきます!!!」
「おや、そうですか。では、また東京にいらっしゃる時に連絡してください。その時で十分です」
「……はい」
「またお会いできるのを楽しみにしていますね」

 明らかに浮足立った声と共に電話は切れた。ツーツーと鳴るスマホを呆然と見つめてしまう。
 
(今生の別れだと思っていたのに、こうも早い段階で再会の約束をすることになるとは…)

 相手の、しかもあれだけ良いマンションの鍵なんて、怖くて持っていられない。盗まれでもしたら、本当にどうしようもなくなってしまう。

(近い内に東京に行って、渡したらとんぼ返りしよう)
 
 そんな決意を胸に、とりあえず荷解きを再開した。
 
 長居しようものなら、今度こそ帰してもらえなくなるだろう。
 根拠はないものの、本能が確実に警鐘を鳴らしていた。
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