"推したい"婚約者
2章「vs後輩」_14話
さて。
一体何が起こっているのか。今訓練に参加している、また観戦しているほとんどの者が理解していない。
それを知るにはブルナー家と、アンジュの人生を知らねばならない。
ブルナー家の歴史は、災害孤児であった初代当主が偶然、ポエテランジュを精霊界から召喚、契約したことから始まる。当時はまだ大精霊となっていなかったポエテランジュと、金色の髪と杏色の瞳を持つただの少年。その日を生きるために自身たちを、次に友達を、さらに精霊や動物を守るために1人と1匹は力を奮い続けた。支え合いながら無我夢中に毎日を過ごしていた彼ら。少年が青年に変わる頃には、多くの仲間と小さな土地を守るリーダーとなっていた。
協力し合う味方が増え、ポエテランジュの力も偉大であったが、災害も争いも多かった世界で生き抜くにはまだ弱かった。
それは他の領主や種族も同じであり、似た境遇の8人の代表たちは盟約を結び、1つの大きな国になることで守りを強くすることにした。
こうしてファラデウスは創られた。
国の一つに組み入れられた小さな土地は、美しい湖があったことから"ブルナー領"と呼ばれるようになり、初代は自分の姓とした。その内に召喚公とも呼ばれ、いつしか特別爵位として子孫にも代々引き継がれた。
ポエテランジュも、彼らに寄り添って時間を過ごしてきた。大精霊へと成り変わり、最愛の精霊と結ばれ、生まれた子供たちが成長すると共に、契約者家族に力を貸してきた。
優秀な使い手を輩出してきたブルナー家。中でも歴代随一と言える技量と魔力をもった遣い手は、アンジュたち5人兄妹の父親である、デュドネ・ブルナーであった。
生きていればいくつもの伝説をつくり、世界中を沸かせただろう。
しかしアンジュが6歳の時、ファラデウス国代表ローランド公に不満を抱いていた貴族や犯罪者などが結託し、テロを起こした。国民を巻き込みローランドの妻子を殺そうしたのだ。
事件は国の祭日、中央広場で式典の最中。ローランド公と妻子、他7人の特別公爵も全員出席しなければならないためデュドネも長子と参加していた。
事件実行犯は突然姿を現し、身につけていた爆発物をローランドの妻子の前で起動させた。
些細な魔力の気配を探知したデュドネが、誰よりも数秒早く気づき、行動できる瞬間があった。
何をしても爆発は止められない。妻子を守るだけなら、彼女たちを守る結界を張ればいいが周囲の犠牲は防げない。なにより誰かを守る結界を間に合うかはわからない。
自身を囲うの方が、精霊からの魔力を急速に集められる分、より早く、確実に強固な結界を作れると、デュドネは判断した。
彼はただ1人、犯人に飛び掛かった。
そして自身と男を囲う、何重もの結界を一瞬で張った。
目が眩む眩い光と、耳が痛くなる爆音が響き渡る。
爆発は魔術で威力が高まっており、重厚な結界を張っても余波が漏れた。その振動に身を崩し、打ち身やかすり傷をおった者はいたが、被害は最小限に止まることができた。
犯人と自身以外の命は護ったデュドネは、ただ唯一、国の英雄として世界に名を刻んだ。
アンジュの話に戻そう。
物心をついた頃から精霊たちとよく戯れていた彼女は、自分も家族のように相棒と大切なものを守りたいと、兄たちの特訓に混ざっていた。
先に書いておくが、彼女が努力しても精霊との契約は交わせない。
なぜなら彼女は愛され過ぎている。ポエテランジュだけでなく、全ての精霊や妖精が彼女に親しみを抱き、愛する。だがこの愛は過剰な庇護欲であり、アンジュの言葉を無視して彼らが行動する、つまり自らの命と引き換えに彼女を守る恐れがあった。
人外との契約は服従ではなく、対等関係である。お互いの意思が尊重されなければ契約者としての資格はない。
『なら強くなる!』
志高く、幼いアンジュは諦めなかった。自分が強くなれば、いつか対等に渡り合えるパートナーに出会えるかもしれなかったから。父親や兄たちに必死に学び、鍛え続けた。
そんな彼女に、父親の死だけでなく、さらなる悲劇が起こってしまった。
大精霊・ポエテランジュの大暴走である。
契約者の中には、若くして亡くなった者も当然いた。しかしポエテランジュはデュドネの死の直後、周囲を慌ただしく見渡しながら毛をザワザワと逆立て、恐ろしい唸り声を上げたのだ。
父親と式典に参加していた長兄・ライオネルは、咄嗟に彼女の行動権を縛り、動きを拘束。つかさず中央の召喚士が封印具に彼女を閉じ込めた。今のポエテランジュは国民を殺しかねないと判断されたのだ。
ライオネルは、父親が守った人々を彼女が傷つけるはずがない、不要な処置だと抗議したが聞き入れられなかった。
ポエテランジェは封印されたまま、ブルナー家屋敷に帰ってきた。
屋敷ではデュドネの葬式の準備が進められていた。父親の相棒であったポエテランジュも参加させたいと、ライオネルはすぐに解封式を行った。精霊界に赴いて行われた式に参加したのは次期契約者となるライオネルに、封印を施した中央区召喚士。デュドネの父で兄弟の祖父。そして、ポエテランジュの子どもと契約を結んでいた長女セレスト、次男セオドア。
3男コトレットとアンジュは、母親と祖母と共に屋敷で帰りを待ち侘びていた。
中央召喚士が呪いを唱え、封印が解かれた。
眠るような姿で現れたポエテランジュ。その瞳を開ければ、いつものように優しく微笑んでくれる。
彼らの期待と裏腹に、
むしろ状態は悪化していた。
ポエテランジュは痛々しいほど体を肥大化させると、つんざくような雄叫びを上げ力の限り暴れ出した。誰の声も届かない。彼女は狂い、執拗に中央兵を殺そうと狙う。暴れる度に美しい精霊界は傷だらけになっていく。大精霊が加減なく漏れ出す魔力は、次元の歪みを起こしてブルナー家屋敷に通じてしまった。狙われた中央召喚士は、その裂け目から逃げた。
ポエテランジュは彼を追い、勢いよく飛び出した。
その先にアンジュがいた。
暴れ狂う大精霊が、魔力の塊が、アンジュに直撃した。
愛おしい小さな命が横たわる姿に、ポエテランジュはようやく落ち着きを取り戻した。
後の調査で判明したが、ポエテランジュに狙われていた中央召喚士こそ、テロに加担した犯人の1人であった。
ポエテランジェは死んだ犯人と同じ気を察知し、中央召喚士を襲おうとした。敵討のつもりで。しかし逆に封印を施されてしまった。
封印具の中の彼女は、恥辱や怒り、不安、悲しみや憎しみ…あらゆる負の感情を蓄積させていった。
その許容範囲を超えた故の大暴走であった。
精霊は純粋無垢ゆえに感情に影響されやすい。その性質が裏目に出た、悲劇の事故であった。
アンジュは3日間眠り続けた。幸い身体も心も傷を負わなかったが、代わりに彼女は変貌を遂げた。
真っ先に変わったのは容姿である。父親譲りの癖のある焦茶色の髪に、杏色の瞳だった姿は事故直後、髪は真っ白に染まり、髪質は柔らかくなった。瞳は赤く輝き、歯や爪は鋭くなった。ポエテランジュに似た容姿になった。
身体能力は、十数年経った今でも日々変化している。身についている筋力からは想像できない凄まじい力を発揮。俊敏性は動物並み鋭く、広範囲で音や匂いを探知できる上、夜目も効く、など。上げればキリがない。内包する魔力の質や量も飛躍的に上がっただけでなく、上位種のみが持つ"他を支配下に置く力"をも得た。
ポエテランジュの魔力や気配が身体や魂にまで浸透したのだ。それほどの魔力を直に受けながら、命が助かったのは"奇跡"の一言に尽きる。
人でありながら大精霊級の力を備えたアンジュ。精霊上位種は種族が違う人間種でさえ、首を垂れる偉大な生命体。並の動物や精霊にとっては、神の存在だ。
仲の良かった精霊たちはアンジュの前で膝をつく。彼女がその場にいるだけで、漏れ出る魔力と気配に恐れ、動物は隠れてしまう。
父親が死に、夢が叶わなくなったばかりか、愛する友達まで失いたくなかったアンジュは、必死に溢れる魔力と気配を体内に留める特訓に励んだ。葬式の後、来る日も来る日も屋敷に篭り、指導を受け続けた。幸い魔術が得意だったために1年で技術を身につけたアンジュ。久しぶりに外に出た彼女の元に、精霊たちが普段通りに側にやって来た時、嬉しさのあまり号泣したのだった。
久しぶりに友達と遊び、疲れ果てたアンジュは幸せそうな笑みを浮かべながら、その日は眠りについた。
妹の笑顔を眺めながら、家族は微笑み合う。束の間、悲しそうな表情を浮かべながら。
どうか、この幸せが続きますように。
一体何が起こっているのか。今訓練に参加している、また観戦しているほとんどの者が理解していない。
それを知るにはブルナー家と、アンジュの人生を知らねばならない。
ブルナー家の歴史は、災害孤児であった初代当主が偶然、ポエテランジュを精霊界から召喚、契約したことから始まる。当時はまだ大精霊となっていなかったポエテランジュと、金色の髪と杏色の瞳を持つただの少年。その日を生きるために自身たちを、次に友達を、さらに精霊や動物を守るために1人と1匹は力を奮い続けた。支え合いながら無我夢中に毎日を過ごしていた彼ら。少年が青年に変わる頃には、多くの仲間と小さな土地を守るリーダーとなっていた。
協力し合う味方が増え、ポエテランジュの力も偉大であったが、災害も争いも多かった世界で生き抜くにはまだ弱かった。
それは他の領主や種族も同じであり、似た境遇の8人の代表たちは盟約を結び、1つの大きな国になることで守りを強くすることにした。
こうしてファラデウスは創られた。
国の一つに組み入れられた小さな土地は、美しい湖があったことから"ブルナー領"と呼ばれるようになり、初代は自分の姓とした。その内に召喚公とも呼ばれ、いつしか特別爵位として子孫にも代々引き継がれた。
ポエテランジュも、彼らに寄り添って時間を過ごしてきた。大精霊へと成り変わり、最愛の精霊と結ばれ、生まれた子供たちが成長すると共に、契約者家族に力を貸してきた。
優秀な使い手を輩出してきたブルナー家。中でも歴代随一と言える技量と魔力をもった遣い手は、アンジュたち5人兄妹の父親である、デュドネ・ブルナーであった。
生きていればいくつもの伝説をつくり、世界中を沸かせただろう。
しかしアンジュが6歳の時、ファラデウス国代表ローランド公に不満を抱いていた貴族や犯罪者などが結託し、テロを起こした。国民を巻き込みローランドの妻子を殺そうしたのだ。
事件は国の祭日、中央広場で式典の最中。ローランド公と妻子、他7人の特別公爵も全員出席しなければならないためデュドネも長子と参加していた。
事件実行犯は突然姿を現し、身につけていた爆発物をローランドの妻子の前で起動させた。
些細な魔力の気配を探知したデュドネが、誰よりも数秒早く気づき、行動できる瞬間があった。
何をしても爆発は止められない。妻子を守るだけなら、彼女たちを守る結界を張ればいいが周囲の犠牲は防げない。なにより誰かを守る結界を間に合うかはわからない。
自身を囲うの方が、精霊からの魔力を急速に集められる分、より早く、確実に強固な結界を作れると、デュドネは判断した。
彼はただ1人、犯人に飛び掛かった。
そして自身と男を囲う、何重もの結界を一瞬で張った。
目が眩む眩い光と、耳が痛くなる爆音が響き渡る。
爆発は魔術で威力が高まっており、重厚な結界を張っても余波が漏れた。その振動に身を崩し、打ち身やかすり傷をおった者はいたが、被害は最小限に止まることができた。
犯人と自身以外の命は護ったデュドネは、ただ唯一、国の英雄として世界に名を刻んだ。
アンジュの話に戻そう。
物心をついた頃から精霊たちとよく戯れていた彼女は、自分も家族のように相棒と大切なものを守りたいと、兄たちの特訓に混ざっていた。
先に書いておくが、彼女が努力しても精霊との契約は交わせない。
なぜなら彼女は愛され過ぎている。ポエテランジュだけでなく、全ての精霊や妖精が彼女に親しみを抱き、愛する。だがこの愛は過剰な庇護欲であり、アンジュの言葉を無視して彼らが行動する、つまり自らの命と引き換えに彼女を守る恐れがあった。
人外との契約は服従ではなく、対等関係である。お互いの意思が尊重されなければ契約者としての資格はない。
『なら強くなる!』
志高く、幼いアンジュは諦めなかった。自分が強くなれば、いつか対等に渡り合えるパートナーに出会えるかもしれなかったから。父親や兄たちに必死に学び、鍛え続けた。
そんな彼女に、父親の死だけでなく、さらなる悲劇が起こってしまった。
大精霊・ポエテランジュの大暴走である。
契約者の中には、若くして亡くなった者も当然いた。しかしポエテランジュはデュドネの死の直後、周囲を慌ただしく見渡しながら毛をザワザワと逆立て、恐ろしい唸り声を上げたのだ。
父親と式典に参加していた長兄・ライオネルは、咄嗟に彼女の行動権を縛り、動きを拘束。つかさず中央の召喚士が封印具に彼女を閉じ込めた。今のポエテランジュは国民を殺しかねないと判断されたのだ。
ライオネルは、父親が守った人々を彼女が傷つけるはずがない、不要な処置だと抗議したが聞き入れられなかった。
ポエテランジェは封印されたまま、ブルナー家屋敷に帰ってきた。
屋敷ではデュドネの葬式の準備が進められていた。父親の相棒であったポエテランジュも参加させたいと、ライオネルはすぐに解封式を行った。精霊界に赴いて行われた式に参加したのは次期契約者となるライオネルに、封印を施した中央区召喚士。デュドネの父で兄弟の祖父。そして、ポエテランジュの子どもと契約を結んでいた長女セレスト、次男セオドア。
3男コトレットとアンジュは、母親と祖母と共に屋敷で帰りを待ち侘びていた。
中央召喚士が呪いを唱え、封印が解かれた。
眠るような姿で現れたポエテランジュ。その瞳を開ければ、いつものように優しく微笑んでくれる。
彼らの期待と裏腹に、
むしろ状態は悪化していた。
ポエテランジュは痛々しいほど体を肥大化させると、つんざくような雄叫びを上げ力の限り暴れ出した。誰の声も届かない。彼女は狂い、執拗に中央兵を殺そうと狙う。暴れる度に美しい精霊界は傷だらけになっていく。大精霊が加減なく漏れ出す魔力は、次元の歪みを起こしてブルナー家屋敷に通じてしまった。狙われた中央召喚士は、その裂け目から逃げた。
ポエテランジュは彼を追い、勢いよく飛び出した。
その先にアンジュがいた。
暴れ狂う大精霊が、魔力の塊が、アンジュに直撃した。
愛おしい小さな命が横たわる姿に、ポエテランジュはようやく落ち着きを取り戻した。
後の調査で判明したが、ポエテランジュに狙われていた中央召喚士こそ、テロに加担した犯人の1人であった。
ポエテランジェは死んだ犯人と同じ気を察知し、中央召喚士を襲おうとした。敵討のつもりで。しかし逆に封印を施されてしまった。
封印具の中の彼女は、恥辱や怒り、不安、悲しみや憎しみ…あらゆる負の感情を蓄積させていった。
その許容範囲を超えた故の大暴走であった。
精霊は純粋無垢ゆえに感情に影響されやすい。その性質が裏目に出た、悲劇の事故であった。
アンジュは3日間眠り続けた。幸い身体も心も傷を負わなかったが、代わりに彼女は変貌を遂げた。
真っ先に変わったのは容姿である。父親譲りの癖のある焦茶色の髪に、杏色の瞳だった姿は事故直後、髪は真っ白に染まり、髪質は柔らかくなった。瞳は赤く輝き、歯や爪は鋭くなった。ポエテランジュに似た容姿になった。
身体能力は、十数年経った今でも日々変化している。身についている筋力からは想像できない凄まじい力を発揮。俊敏性は動物並み鋭く、広範囲で音や匂いを探知できる上、夜目も効く、など。上げればキリがない。内包する魔力の質や量も飛躍的に上がっただけでなく、上位種のみが持つ"他を支配下に置く力"をも得た。
ポエテランジュの魔力や気配が身体や魂にまで浸透したのだ。それほどの魔力を直に受けながら、命が助かったのは"奇跡"の一言に尽きる。
人でありながら大精霊級の力を備えたアンジュ。精霊上位種は種族が違う人間種でさえ、首を垂れる偉大な生命体。並の動物や精霊にとっては、神の存在だ。
仲の良かった精霊たちはアンジュの前で膝をつく。彼女がその場にいるだけで、漏れ出る魔力と気配に恐れ、動物は隠れてしまう。
父親が死に、夢が叶わなくなったばかりか、愛する友達まで失いたくなかったアンジュは、必死に溢れる魔力と気配を体内に留める特訓に励んだ。葬式の後、来る日も来る日も屋敷に篭り、指導を受け続けた。幸い魔術が得意だったために1年で技術を身につけたアンジュ。久しぶりに外に出た彼女の元に、精霊たちが普段通りに側にやって来た時、嬉しさのあまり号泣したのだった。
久しぶりに友達と遊び、疲れ果てたアンジュは幸せそうな笑みを浮かべながら、その日は眠りについた。
妹の笑顔を眺めながら、家族は微笑み合う。束の間、悲しそうな表情を浮かべながら。
どうか、この幸せが続きますように。