"推したい"婚約者

2章「vs後輩」_20話

それぞれ着替えを済ませたアンジュとアルフレードは、改めて裏門で落ち合った。
昼間清々しく晴れていた空は、どんより重たい雲に覆われいた。今にも雪が降りそうだ。ひゅうと風が吹く。
あまりの冷たさに身体を震わせたアンジュに、アルフレードはカバンからマフラーを取り出すと彼女の首にかける。ピタリと動きが固まった。みるみる顔を曇らせた彼に、アンジュは首を傾げる。
頬を横にまっすぐ撫でられ、ようやく絆創膏を見ているのだと気がついた。

「かすり傷なんだけどね。大袈裟に貼られちゃって。すぐに治るよ」

今日中には跡も残らず完治する。ポエテランジェの魔力が身についた副作用・超回復力を持つアンジュにとって、かすり傷は怪我の分類にも入らない。
アルフレードもすでに知っているはずだが、沈んだ表情は元に戻らない。当たり前だ。彼にとっては、今朝触れた時にはなかった絆創膏は自分が原因で恋人が傷つけられた証だったからだ。

「すまなかった。中庭訓練、俺のせいでから絡まれたな」

「アルフレードは何も悪くないよ?」

「会議で分かったんだ。…アンジュに嫉妬して、恥をかかせようと訓練に誘ったと」

目をきょとんとさせるアンジュに、アルフレードは会議の触りを話し始めた。
特別訓練を企んだ新人たちは、以前からアルフレードに好意を寄せていたが、全く相手にされない。"化け物令嬢"と悪名高いアンジュには真摯に構う姿に、出来心が芽生えたと。幼稚な動機にウィリアム以外の会議参加者は頭を抱えた。
突然呼び出されたアルフレードも、昨晩の出来事を確認され、周囲に恋人との交流まで事細かく見られているのだと知った。自分の生活が監視されていると気持ちが悪い。
顔を歪ませるアルフレードに、アンジュは改めて腹を括る。自分だけ想いを隠すのは筋が違う。嫌われたら婚約解消され信頼は失墜するが、やはりアルフレードは知らなければならない。自身の想い人も、他の女性と変わらないことを。

「やっぱり、アルフレードは悪くない。私がいけないんだ」

アンジュはアルフレードの手を引き、人通りの少ない路地に入った。そして一度深く息を吸い、吐き出す。冷たい空気に触れ、息は真っ白な煙りとなり消えていく。

「アルフレード・ランゲ。わたしも軍学校の時から、貴方が好きです」

アルフレードは息を呑む。パチパチと瞬きを何度も繰り返す。突然の告白に驚きが勝り、言葉が出てこない。
アンジュはコートのポケットから写真を取り出すと目を見開く想い人に差し出した。

「前に見つかった写真も、軍学生の時に貰ったの。本当は他にも色々ある。バスローブもそう。嘘ついて、ごめんなさい。」

アンジュは深々と頭を下げる。アルフレードは肩に手をかけ、アンジュの姿勢を戻す。

「それは、いい。そ、よりほんと、に?」

発した言葉は、うまく文にならない。
告白が本当ならば、心の底から嬉しい。つまり2人は両思いだ。アルフレードの一方的な想いで、アンジュが無理に付き合っていた訳ではなかった。アンジュが言う「他にも色々ある」はよくわからないけれど、アルフレードに関連する何かが沢山あるという意味のはずだ。彼女が自分の何かを集めるほど熱意に溢れていたとは知らず、顔が緩んでしまう。

しかし。

(なぜだろう。無邪気に喜んではいけない気がする)

力強く見つめる真っ赤な瞳。まっすぐ結ばれた口元。顔が青白く見えるのは、寒さのせいだけではないだろう。
なにより好きだと伝えるには、彼女の覚悟を決めた固い表情は不釣り合いだ。

写真やバスローブは真相を嘘をついてまで隠そうとした。言いたくない理由があったのだ。
タイミングも気になる。

(なぜ今、話す気になったのだろう?)

疑問を口にすれば、アンジュは「フェアじゃないから」と答えた。

「私も他の人と変わらない。君が好きで、追っかけもしてる。彼女たちは、自分の気持ちを伝えてる。けど、私はしなかった」

アンジュの目が伏せた。赤い瞳に影が落ちる。

「ララたちには、話を聞いて貰ってた。いや、彼女たち以外知られて欲しくなかった。密かに思うぐらい、誰にも荒らされたくない。知られて、嫌われたくなかった。好きな人でも」

アンジュはいつからか大事な気持ちは自分の中で大事に慈しむようになったとセオドアたちから話を聞いたことがあった。
言葉を紡ぐ厚みのある唇は、次は何を伝えようというのか。アルフレードは、ひっそりと息を呑む。

「けどそれは、間違ってた。アルフレードから婚約を打診してくれたのを良いことに、都合の良いように理解した。貴方から与えられる好意を…親切心だと思い込んだ。きちんと向き合っていれば、昨晩アルフレードを傷つけることも、今日の騒ぎを起こさせることもなかった」

「…………俺の言い方が、悪かったんだ。それに誰にだって秘めておきたいことはある。俺は、アンジュに傷つけられたなんて思わない。それに辱めようとした彼女らを許してはいけない」

アンジュは柔らかく微笑むだけ。表情は晴れない。

「それでも、きちんと伝えようと思った。これは私のケジメと決意」

アルフレードの体温はみるみる熱が下がっていく。ここで逃げては一生分かりあう機会を失うと弱気になる心を、奮い立たせる。口を固く閉じ、手をきつく握りしめ、アンジュを見据える。"まさか"でないことを、震える身体を律しながら、ただただ祈る。

「私といると、これからもいろんな苦労をさせると思う。多分結婚しても、ずっと。私のことで迷惑をかけたくないし、傷ついたり、苦しんで欲しくない」

「それでも、私は一緒になりたい。」

「アルフレード・ランゲ。私の生涯をかけて、幸せにすると誓う。これから先も、君の隣にいても良いだろうか」






沈黙が流れる。
あまりの静けさに、シャリシャリと小さな音が聞こえてくる。雪が降り始めたのだ。
すでに日は沈み、建物の間にある路地は薄暗い。

アルフレードは肩にかけていたバッグは足元に落とし、呆然と立っている。

徐々に、徐々に、顔に血の気が戻っていく。
一度大きく息を吸い、空を仰ぐ。はぁ、と吐き出された真っ白な息は、暗闇に消えていった。

「俺が、誓うべき言葉だ。アンジュ…君だけだ」

ようやく聞こえてきたアルフレードの声は、震えていた。彼はアンジュの手をとると、片膝をつく。アンジュを見つめる灰色の瞳は涙に潤んでいる。

「アンジュ・ブルナー。不甲斐ないだろうけれど、一生をかけて幸せにすると誓う。どうか俺と、この先を生きて欲しい。愛しています」

「はい」

アンジュは笑顔で応えた。満面の笑み。 
しばらく見ていなかった彼女の心からの笑顔に、アルフレードは胸が熱くなる。

(この笑顔に惚れたんだ。絶対に、離さない)

立ち上がり、アルフレードはアンジュを引き寄せる。両腕でしっかり抱き留めた。
アンジュも、広い背中に腕を回す。
呼吸のたびに、彼が身につけている香水が香る。触れ合っているところから、息遣いと熱を感じる。胸から聞こえてくる心音は速く、大きな音が聞こえてくる。
熱を、香りを、音を感じ、ようやく想いが実ったのだと安堵した。身体の力が抜けていく。
アンジュ、と耳元で名前を呼ばれる。大好きな、少し低い掠れた声。

「好きになってくれて、すごく嬉しい。一緒になりたいと、行動してくれてありがとう」

「こちらこそ。本当にありがとう」

2人は抱きしめ合う。
あたりは暗く人通りもない路地裏で、愛を誓い合う。舞い落ちる雪は、花びらのようであった。
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