"推したい"婚約者

2章「vs後輩」_4話

「今日はご苦労様だったな。アルフレード・ランゲ」

アンジュの次兄・セオドアはアルフレードのことをフルネームで呼ぶ。それはもう、わざとらしく、他人行儀に。
初めて会った時から一線を引いた態度で接する彼の態度は、彼の妹の婚約者になっても変わらない。
基本的に性格が合わない2人は滅多に話すことはないし、そもそも配属部署が違うため、会うことすら稀だ。そんなセオドアがわざわざアルフレードに声を掛ける時、9割9分アンジュについて。
現にセオドアの姿は、靴と靴下は脱いでいるが制服は着たまま。わざわざシャワーを浴びているアルフレードの元にやって来たと言うことは、簡単に逃げれない状況で話をする強い意志の表れである。アルフレードが然るべきところに訴えれば絶対に不利な状況であるが、本人は全く気にする様子は無い。
アルフレードより少し高い位置から杏色の瞳が、まっすぐアルフレードを捉えている。圧をひしひしと感じ、アルフレードは固唾を飲み込んだ。シャワーの水栓を引き、湯を止めた。

「いえ…まだまだです」

「謙遜は一人前だな。だがその気遣い、アンジュに回して欲しいもんだ」

痛いところを突かれ、アルフレードは顔を伏せた。彼とて、アンジュと一緒に過ごせるチャンスは一瞬たりとも逃したくないのは、嘘のない本心。

(だからこそ、今すぐアンジュを誘いに行きたいのだが…)

何か言いたそうに目を向けたアルフレードに、セオドアは構わず話を続ける。

「5日前、女といただろう。赤髪の」

「…はい?」

アルフレードはセオドアを凝視した。何を言い出すのだろうか。まったく心当たりがない。
だがセオドアが無駄話をする性格でもないため、とにかく記憶を振り返る。
5日前といえばアンジュの引越しの日。引っ越し作業に力を貸したかったが、事前に決まっていた訓練日程を変えることはできず、泣く泣く手伝えない旨を手紙で伝えた。結局、訓練は早々に切り上げられてしまい、雑務に駆り出された1日だった。となれば、赤髪の女とは仮配属されているロザリーのことだろう。ようやくアルフレードは当たりがついた。テレルと3人で市場に買い出しに出た時、セオドアがたまたまアルフレードとロザリーだけが目についたに違いない。
新人、を強調してその事を伝える。セオドアは興味なさげに相槌を打った。

「新人ねぇ。その割に親しそうだったな。腕まで組んで」

セオドアの言葉に、アルフレードは絶句した。中央広場を通った際、足を挫いた彼女を支えるために確かに腕を貸したがそれだけだ。身体には触れていないし、それ以上触れるさせることを許してもいない。

「言いがかりです」

不快感も隠さず伝えると、セオドアは鼻で笑う。

「自分がいかに目立つかわかってないな。俺でもすぐ目についたんだ。よく知るやつはすぐに目に止まっただろうさ。俺がそう見えたなら、他の人も似た感想を抱いたと思うがなぁ?」

たちまちアンジュの顔が浮かんだ。そうだ。5日前はアンジュが中央に引っ越してきた日。彼女の借家は広場に近い。駅から向かえば、必ず広場を通ったに違いない。

(まさか)

アンジュの中央初出勤日。久しぶりに会った彼女が、立ち去る新人の後ろ姿をじっと見つめていた理由。単に知らない人間に興味を持っただけだと思ったが、もしかしてー。

「俺からはアンジュの姿も見えたぞ。アルフレード・ランゲ」

アルフレードはシャワー室を飛び出した。
急いで服を着込み、荷物を抱えて無我夢中で駆け出す。

(アンジュ、いまどこにいる?)






婚約者がシャワー室で兄と対峙しているとはつゆ知らず、アンジュは1人市場をぶらついていた。

正午まで寝てしまったアンジュは、気分転換をかけて外でご飯を食べることにした。
カフェで空腹を満たした後、腹ごなしを兼ねて広場周辺を散策する。貰った手紙に書かれていた新しいお店やスポットを見て周り、セオドアが教えてくれた市場で日用品や備蓄品を買い足すなどしていると、あっという間に夕方を迎えた。
屋台やレストランは徐々に忙しくなる時間。あちらこちらから食材が焼けるいい香りが、風に乗って漂ってくる。
匂いに釣られ、ぐぅとお腹が鳴る。
夕食も外で摂るか考えていると名前を呼ばれた。エゼリオ班仮配属されている新人の1人、テレルであった。

「やあ、お疲れ様。特別訓練終わったんだね」

「お疲れ様です。はい。今は同期と晩御飯を食べに来たんです」

彼が指さす方には10人ほど若者が集まっていた。各々楽しそうに雑談している。
ふと、輪の中からじっとりした視線を感じ、アンジュは密かに瞳を向ける。先にはロザリーが、じっと値踏みするようにアンジュを見つめていた。よく観察すれば他の新人、特に女性たちもちらちらとアンジュに目線を送っている。

(やっぱりモテるなぁ)

アンジュは直感した。彼女たちはアルフレードに好意を抱いていると。婚約してから似た視線を散々浴びてきた。元々特異的な容姿から良い印象を持たれにくいアンジュだったが、アルフレードと婚約後その評判はより酷いものになった。彼の伴侶になりたい女性たちや、娘の婚約者にアルフレードを考えていた上官からのやっかみは凄まじく、わざわざデート中に押しかけてくる者もいたほどだ。

『同期というだけで取り入った身の程知らず』『家柄で選ばれた化け物』『彼の将来を考えるなら身を引け西の小娘』『つなぎの婚約者』『貴方には似合わない』

暴言のたびにアルフレードや兄弟が庇い、時に激昂しかけた事もあった。自分のせいで彼らを巻き込んでしまう度に、アンジュは申し訳ない気持ちになる。暴言には慣れている彼女であっても、聞いていて気持ちのいいものではないが、常にグッと我慢してきあ。実害がない限り、些細な不快感は水に流すことにしている。反応する方が問題を大きくさせると身に染み込んでいるからだ。

「アンジュ!」

再び、今度は大きな声で名前を呼ばれた。声が聞こえた方向から、全速力で駆けてくるアルフレードの姿があった。
シャワー室を飛び出したアルフレードは、急いで借家に向かうもアンジュは不在。どこへ向かったか検討がつかず、魔術で探し出すことにした。ポケットから鏡を取り出し、呪いを唱える。鏡に写った婚約者は市場におり、屋台や飲食店の前で足を止めていた。市場まで普通に向かえば1時間かかる。その内に彼女が夕食を済ませてしまう恐れに、さらに慌てたアルフレードは身体強化の魔術を己にかけ、全速力で駆けてきたのだ。

「すぐに見つかってよかった…」

アルフレードの額に浮かぶ汗を、アンジュはハンカチを取り出し拭う。身体強化魔術の気配を感じていた彼女は、緊急の案件かと身構える。これほど急いでアルフレードが現れたことは一度もない。
息を整えたアルフレードから「夕食を誘いに来た」と告げられ、思わず間抜けな声が出てしまった。

「もしかして、もう食べた?」

「うぅん。まだだよ」

アルフレードの顔が輝く。あまりにも嬉しそうに笑うので、アンジュは照れくさそうに頬を掻いた。突然現れたアルフレードの元に、他の新人たちも寄ってきた。夕食の話を聞いた1人が、2人を食事に誘う。

「今晩は2人で過ごす。それでは良い夜を」

つかさずアルフレードは誘いを断る。絶対に邪魔される訳にはいかないと、アルフレードは驚くアンジュを肩を抱き寄せ連れ去るようにその場から離れた。

「お疲れ様でした!」

テレルは去る2人の背中に、別れの言葉をかける。他の後輩たちはポカンと見つめていた。
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